は銀魂高校へ車を走らせていた。年明けの忙しくならない時期、かつ学校に人のいない日といえば、始業式の前日である今日しかないと思っていた。もし学校が閉まっていれば、理事長であるお登勢に連絡してもいいと許可ももらっている。
 しかし、校門は開かれていた。始業式前日でも準備している教師がいるらしい。銀八はそんな真面目ではないから今日はいないだろう。そう思っていたのだが。
「……?」
 車を来客用の駐車場へ停めて、昇降口へ向かおうとした時だった。後ろから呼び止められて振り向く。そこには白衣を着た銀髪の男がいた。げ、と思いながらも、無理やり笑顔を作る。
「あ、こんにちは、坂田先生」
「おいおい、随分他人行儀じゃねーか、ちゃん。こっちはお前のケツの穴まで見てるってのに」
 なんて下品なことを言うのだろう。は引きながら答えた。
「……そういうデリカシーのない、下品なことを言うから嫌われるんですよ。そもそも何でここにいるんですか?」
「俺が受け持つ組の補習があるんだよ、つーかここが俺の職場だからいるのは当たり前だろ。はあれか? 地域何とかプロジェクト絡みか?」
「地域の微生物、植物相を調べる環境DNAプロジェクトです。生徒のデータ取りに来たの」
「ウチの学校のごっこ遊びに付き合ってご苦労なこった。研究者様はただでさえ忙しいのにな」
 トゲのある言い方に、この男は、とは呆れる。銀八と別れたのはが研究所に入ったばかりの頃で、忙しさのあまりすれ違いを起こし、から別れを告げたのだった。
「そんな辛辣な言い方しなくてもいいでしょ――」
 反論しかけたところで、ぐらりと地面が揺れた。地鳴りのような音が響く。
「地震!?」
「伏せろ!!」
 銀八の言葉で地面にしゃがむと、立っていられなさそうな程の揺れが押し寄せてきた。これほど大きな揺れは初めてだった。長く感じた揺れは、それからゆっくりと収まった。
「すげェ地震だった――」
 先に立ち上がった銀八は、の後ろを見て言葉を飲んだ。は不思議に思いながらも立ち上がり、振り返った。
「!!」
 校門の向こうには、いつもの住宅街ではなく、荒れた大地が広がっていた。不意に吹いた風に、砂埃が舞い上がる。荒涼とした大地は無限に広がっているようだった。
「なに、これ……」
「……何が起こったんだ?」
「わかんない……」
「……とりあえず、俺は教室に行って奴らの安否を確かめてくる」
 言って銀八は昇降口へ走っていった。も全体が見渡せる場所――屋上へ行くべく、昇降口へ向かった。

 *
 
 三年Z組は、年が明けてもいつも通り騒々しかった。新八は自分の席から周りを観察する。隣の神楽は朝ごはんと昼ごはんの中間のご飯を掻き込み、向こうでは土方と沖田が何やら揉めている。近藤は新八の姉、お妙に殴られているし、桂は謎の生物を描いて一人ほくそ笑んでいる。後ろの方で高杉が河上たちと話しているのがわかった。
 ――Z組だけ補習なんて。
 始業式の前日に補習があると言われたのは、終業式の日だった。もちろん皆は反対したが、校長からの嫌がらせかつ、Z組は一番成績が悪いから補習なのだそうだ。
「俺だって冬休み中くらい休みてェよ……嫌だったら成績を上げろ、以上」と話を切り上げた銀八は、だるそうに教室を出ていった。
 皆来ないかと思ったが、根は真面目らしく、高杉たちまで来たことには驚いた。さすがに出席日数が足りず、卒業できなさそうだからか。理由を聞こうにもそこまで新八は仲良くなく、憶測することしかできない。
 時計を見ると、そろそろ始業の時間になる頃だった。どうせ銀八はギリギリに来るだろう。そう思った瞬間、ゴゴゴと地鳴りがした。「なんだ?」と心配する中、やがて大きな地震が起きた。「机の下に避難しろ!」という桂の言葉に、皆が机の下に潜る。揺れはしばらく続き、後ろのロッカーが倒れる音がした。「きゃあ」と誰かの悲鳴が聞こえる。そして揺れが収まった。ゆっくりと顔を出す。
「すごい揺れだったな……」
「震源地ここアルか……?」
「みんな、大丈夫か?」と立ち上がった近藤が周りを見回す。
「大丈夫……」
「俺も」
「私も」
 父上に連絡しよう、と思い新八は携帯を取り出した。しかし――。
「圏外……?」
「ほんとだ、圏外だ」
「電波が集中して不安定になってるとか?」
「……おい」
 土方が窓に駆け寄り、こちらを振り返る。
「窓の外を見ろ!」
 新八は皆と共に窓に寄り、外を見た。そこには荒野が広がっていた。住宅など見る影もなく、ただ緑も何もない荒れた大地が広がっている。
「なにアルか、これ……」
 神楽が呟いたその時。銀八が教室に入ってきた。
「おい、お前ら無事か!?」
「先生!」
「何が起こったんですか、先生! 外が……」
「俺もわからん……けが人はいねェな。お前らはここで待機してろ、俺は屋上に行って様子を見てくる」
 言って銀八は去っていった。
「ここで待機してろって言われても……」
「……屋上行ってくる」
 高杉が河上たちを引き連れて教室を出ようとする。
「待つんだ、先生がここで待機してろって言っただろ!」
 桂の言葉に高杉は鼻で笑った。
「こんなとこにいたって何の解決にもならねェだろ、俺たちにも現状を把握する権利はある」
「……私も行く」
「俺も」
 出ていった高杉たちの後を、皆が続いていく。新八は迷ったが、屋上へ行くことにした。現状を知りたい気持ちが勝っていた。
 階段をのぼって屋上に上がると、そこには銀八と見知らぬ白衣の女性、高杉たちがいた。皆が呆然と立っている。その場所まで来て気がついた。曇天の空の下、前も横も後ろも――目に映る限りのすべてが、何もなかった。ただ、荒れた大地が永遠と続いているだけだった。最後にのぼってきた桂が、息を飲む。
「……なんだ、これは。何が起きたんだ?」
 皆が同じ気持ちだった。あの地震によって、何かが起きていた。
「核爆発だ!」
 長谷川が叫んだ。
「核爆発が起きて、周りが消し飛んじまったんだ!」
「ならなんでこの学校だけ無事だったんだよ」
「それはわかんねェけど……もしそうだったら放射線は大丈夫なのか!?」
「……長谷川、落ち着け」と銀八は長谷川を向いた。
「放射線測定器が理科室にあるはずだわ、それで測ってみる」
 銀八の隣にいた女性が言った。
「あの、この人は……?」
 尋ねると、銀八が紹介した。
「うちの学校がなんかの研究プロジェクト立ち上げたのは知ってるだろ? こいつはその研究所の研究者」
花房よ。よろしく」
 はゆるく微笑んだ。誰も状況がわからず不安な中、自分たちを安心させようとしてくれているのがわかった。
「俺らは測定してみるから、お前らは教室で待機しとけ。結果はそこで話す……わかったな、高杉?」
 高杉はふんと面白くなさそうに鼻を鳴らすと、階段を降りていった。皆が後に続く。
 一体何が起きたのか、家族は無事なのか。わからないことだらけだった。銀八とという二人の大人だけが頼りだった。

 
 結果として、人に有害な量の放射線は検出されなかった。その証拠に、は教室で実際に測定してみせた。皆はその事実に安堵した。
「……でも、マミーとパピーはどうしてるアルか? 私、帰りたいネ」
「俺もだ、ペットがどうしてるか気がかりだ」
 次々に声が上がり、銀八がそれを宥めた。
「……帰りてーなら、帰ってもいい。俺にそれを止める資格はねェ」
「じゃあ、私帰る」
「俺も」
「ただ、危険な目に遭いそうだったら戻ってこい」
「はい」
 教室を出ていく生徒たちを見て、は銀八に言う。
「……よかったの? 何があるかわからないのに」
「あいつらはちょっとそっとじゃ怪我しねェさ。それに、家がある可能性は低い……落胆したあいつらをここで待つのが俺の仕事だろ」
 は銀八の答えに驚き、それから微笑んだ。なんだ、ちゃんと教師をやっているじゃないか。
「……なら、私も帰る。実家に」
「……好きにしろ」
 は教室を出て校門の外へ足を踏み入れた。砂は細かく、風が吹く度にさらさらと流れる。
 ――砂漠化してる。
 温暖化、という言葉が浮かんだ。同時に、ここは未来なのではないかという想定も。まさか、と思いながら歩き出す。しかしこの荒涼とした大地や植物、人気のなさを考えると辻褄が合ってしまう。
 かつん、と足元で何かに当たった。硬いものが砂の中から少し出ている。掘り起こしてみると、それは「銀魂高校」と書かれた銘板だった。ステンレスで作られているであろうその銘板は、表面がさびつき、腐食している。地震が起こる前に見た銘板は、もっと綺麗だったはずだ。
 はそれを抱え、学校に戻った。校門付近には、銀八が生徒の帰りを待つように立っていた。
「どうした、早ェじゃねーか」
「これ、見て」
 銘板を掲げる。銀八は驚いたように目を見開いた。
「……なんでこんな錆びてんだ? これじゃまるで――」
「そう、長い年月が経ったみたい」
 銘板を校門の窪みにはめればぴたりとはまった。
「……おいおい、まさか」
「でも、そうとしか考えられない。外の砂は細かくて、砂漠化してる。温暖化が進むと雨は降らない、土壌は乾燥して植物も育たなくなる……」
「私たちは」とは思い切って口にした。
「――未来に来てしまったのかもしれない」