かぶき生花店は、店名通りかぶき町にある花屋だった。夜の町であるかぶき町に花は必須であり、この花屋が実家である葵は、忙しく店内を動き回る母の背中を見て育った。父は早くに亡くなり、この店はすべて母が仕切っていた。自分を大学院まで行かせてくれたことに、葵は感謝している。
実家に向かおうと思ったのは、研究が一段落した頃だった。ちょうど年末であるし、休みだし、実家の手伝いに行こうか、と。思い立ったらすぐに行動するタイプの葵は、年末で混み合う町の中を抜け、駐車場に車を停めて中へと入った。
「いらっしゃ……あら、葵」
鉢を移動させていた母が、こちらを向く。レジ横の椅子に腰掛けながら、「繁盛してる?」と葵は尋ねた。
「まあいつも通りね、年末だから正月飾りの予約でいっぱい」
「配達手伝おうか?」
「いいわよ、天下の研究者様の手を煩わせちゃうわ」
「そんな大業な仕事じゃないよ」と葵は苦笑いする。
「そういえば、ラナンキュラス入荷したわよ」
葵の傍のテーブルに、母は花びらが幾重にも重なった、ピンクの花の花桶を置いた。可憐な姿に心が華やぐ。
「……やっぱり綺麗ね、ラナンキュラス」
「むかーし、葵が高校生の頃、銀八くんがこれを買いに来てくれたのを思い出すわ。ここが葵の住むところって知らなかったみたいね」
「もうそれ毎年言ってる、いい加減やめて」
「葵の好きな花をプレゼントするなんて、素敵じゃない。なんで別れたのかしら……あ、そうそう、銀魂高校との研究プロジェクト、葵が担当なんだって?」
葵はぎょっとして、花桶を移動させていく彼女を見た。
「なんで知ってるの?」
「地元の新聞に書いてあったわよ、銀魂高校って銀八くんの働いてるとこでしょ? また寄りを戻しちゃえばいいのに」
「余計なお世話!」
葵はため息をついた。そう、それが問題なのだ。葵は絶対に担当になりたくなかったのに、銀魂高校が母校だと知っている室長から押し付けられてしまったのだ。当然銀魂高校への出入りも増えるし、銀八と鉢合わせる可能性も高い。今のところ会ってはいないのだが。
――年明けあたりにまた行かないと。
銀魂高校とのプロジェクトは地域の微生物、植物相の変化を調べるという名目だった。葵は環境遺伝学の研究者であり、生徒の集めたデータ――校庭や近隣の土壌サンプル、植物の生育状況、気温・湿度など――を取りに行く必要があった。
なるべく人のいない時にいかないとな、と葵はまたため息をついた。