翌朝、は目を覚ました。知らない天井に、そうだ、ここは銀魂高校の体育館だと気づく。いつの間にか眠ってしまったらしい。
 周りの皆も起きだし、そして昨日のことが夢ではないことを、外に出た先の景色を見て思い知った。曇天の空にぼんやりと浮かぶ朝日を見て神楽が泣き出し、お妙、猿飛、柳生も涙を浮かべる。銀八は後ろから神楽の頭を軽く撫でた。
「今のうちに思いっきり泣いとけ……まずはそっからだ」
 彼の言葉に彼女たちは泣き出した。どさくさに紛れて猿飛が銀八に抱きつき、べり、と剥がされていた。
 皆が起きた後、体育館にあったホワイトボードに銀八は文字を書いた。
 
 A班 食料を探して確保
 B班 実習室で作業する
 C班 居住空間を作る
 D班 対応策を検討する
 
「先生、それって……」
「班組だ。それぞれ別に行動した方が気が紛れるし、いいだろ」
「おー」と歓声が上がる。は生徒の反応に微笑んだ。皆、前に進もうとしている。
「おい、銀八」
 左目に眼帯をした生徒――高杉が声を上げた。
「俺たちは別行動する。とりあえず今日の分の食料をよこせ」
 銀八は呆れたようにため息をついた。
「そう言うと思ったよ……、食料持ってきてやれ」
 高杉のグループは、高杉、河上、来島、武市、岡田の五人グループだ。は銀八から鍵を受け取ると、5人分の食料を持って、また体育館に戻った。すでに班組は決められたらしく、高杉のグループ以外に誰もいなかった。
「はい、これ食料ね」
 は高杉に食料の入った袋を渡した。高杉は「どうも」と袋を受け取った。
「危ないことはしちゃだめだよ」
「子供じゃあるまいし、そんな心配無用っス」
「私から見たらあなたたちは十分子供よ」
「……殿はいくつなんですか?」
 武市から年齢を聞かれる。来島が「何年齢聞いてるんスか」と呆れたように言う。
「……いくつに見える?」
「うわー、一番めんどくさい質問だねえ」と岡田が言う。
「ふふ、じゃあ内緒」
「……おまえら、行くぞ」
「うっす」
 高杉の一言で、彼らは体育館から去って行った。あのグループはやはり高杉がリーダーなのだ。
 は皆のいるだろう教室へ向かうことにした。階段を上がっていると、二階の渡り廊下で、神楽と猿飛、新八がバタバタとロッカーを開けているのに気づいた。
「……食料探し?」
「そうネ! もっと何か食べ物ないか探してるアル」
 気のせいか、瓶底メガネの奥の瞳は、血走っているように見える。新八が苦笑いした。
「神楽ちゃんは大食らいだから、食べ物がないこの状況に耐えられないんです」
「そうね、辛いよね……」
「あなた!」と急に猿飛がびしっとに指さした。
とか言ったわね! 銀八先生とはどういう関係なの!?」
「関係も何も……ただの高校の元同級生だよ」
 本当のことを言うと拗れそうだったので、簡潔に言う。しかし猿飛は引き下がらなかった。
「昨日の夜、先生といい感じだったじゃない! なにか特別なものがあるんだわ、そして私は放置プレイって訳ね……ふふ、燃えてきたわ!」
 何やらブツブツと言っている猿飛に、ここは逃げた方がいいと判断して三階への階段を上った。
 実習室を訪ねると、土方と山崎が自転車を必死に漕いでいた。自転車の後ろにはバッテリーのようなものがあり、自転車と繋がれている。
「自転車発電?」
「そうでさァ」
 呟くと、入口にいた沖田が答えた。
「真っ暗になると心細くなりやすしねェ、やっぱ明るい方がいいかと思いまして」
「おおー、すごくいい考えね!」
「そうでしょ?」と沖田は得意げな顔をした。
「……おい、俺が発案したんだが。つーかテメェも漕げ! 何サボってやがる!!」
 土方が沖田に怒鳴る。
「……土方さん、そんな口聞いていいんですかィ? 俺の見つけたマヨネーズ、どっかに埋めてもいいんですぜ?」
「うっ……」
 土方は沖田に弱み(マヨネーズ?)を握られているらしく、大人しくなった。どうやら沖田は可愛い顔をしているが、どす黒い性格のようだ。
 今度は家庭科室を覗いた。お妙と柳生が布をミシンで縫っている。
「布団作ってるの?」
「ああ、さん。そうです、布と綿が幸運なことにいっぱいあったから、敷布団を作ろうかと」
「いいね、これで快適に眠れるかも……二人で作れそう? よかったら私も入るよ」
「それは……」と柳生が口を開いた。
「ぼ、僕はお妙ちゃんと二人でやりたいな……」
「まあ、九ちゃんったら」
 とても甘い雰囲気を感じ、あ、そういうこと、と勘づいたはそそくさとその場を離れた。色々な恋模様があるようだ。
 図書室に行くと、桂、近藤、長谷川がテーブルで話し合っていた。
「やはりもっと遠くに出てみるのが必要じゃないか? この辺はもう探索したのだから」
「そうだな……」
「そうすると先生かさんにお願いしてみるか!」
「何の話?」と後ろから割って入ると、三人は議論に集中していたようで驚いたようにこちらを見た。
さん! ちょうどいいところに」
 三人の話によれば、徒歩ではなく車で遠くへ探索してみたいということだった。もしかしたら、元の世界へ戻る手がかりがあるかもしれないし、思わぬ物資も得られるかもしれない。
「そうね……希望はある。ちょっと先生に話してくるから待ってて」
「ありがとうございます!」
 銀八は実習室にいた。試しに自転車を漕いでいるようで、土方たちにダメ出しされている。
「先生、もっと早く漕がなきゃ電気作れません」
「先生、やる気あるんですかィ?」
「るっせーな、試しに漕いでるだけだろーが……お、どうした?」
 自転車を降りながら銀八がこちらを向く。は桂たちの話を伝えると、「そりゃいいかもな」と賛成した。
「ただガソリンがなくなるまで遠くには行くなよ」
「わかってるよ、そのくらい……とりあえず私の研究所に行ってみる。何かわかるかもしれないし」
「そうだな……」
 は図書室に戻り、桂たちと合流すると車に乗った。ガソリンは半分ほどだった。先週入れておけばよかった、と後悔しても遅い。研究所に行くと言うと、近藤が驚いたように言った。
「えっ、さんってあそこの研究所で働いてるんですか?」
「そうだけど……言ってなかったっけ?」
「なんか、すごい研究してるとこですよね?」と長谷川が言う。
「すごいというか、環境遺伝学の研究だよ。環境と遺伝子の因果関係を調べて、健康とか進化のメカニズムを理解するっていう研究」
「……その研究なら、今こうなっている現状の理由を知ることができそうですね」と助手席に乗った桂が言った。
「そうね。何か見つかるとは思うけど……じゃあ、出発するね」
 エンジンをかけて発進させる。道や建物がないためどう行くかはわからなかったが、幸い方角はわかっていた。理科室から持ってきておいた方位磁石だけが頼りだった。
 20分ほど車を走らせ、はブレーキを踏んだ。
「たぶんこの辺だと思うけど……」
 辺りはどこまでも続く荒野と同じだった。建物があった面影さえない。車を降りてそれぞれ調べていると、長谷川が声を上げた。
「この下に穴があります!」
 長谷川の元に集まると、確かに地面に穴が空いていて、それは続いているようだった。は持ってきていた懐中電灯を皆に渡し、その穴へ入った。砂漠の中に穴があると思わなかったが、どうやら水で固められているらしい。
 人工的に作られたものであれば、この先に研究所の入口があるはず。そう希望を持ちながら進むと、前方に壁が見えてきた。いや、壁ではなくガラスだ。光を反射するガラスは、が近づくと自動ドアのように開いた。
「えっ!」
「……自動ってことは、電気が通っているのか?」
「とりあえず、入ってみよう」
 中へと入る。自動ドアは開いたが、中は真っ暗だった。懐中電灯で照らす先には散乱した本や崩れかけた壁などが浮かび上がる。
 奥の方に進んで、息を飲んだ。青い光が上に向かって広がっている。その光の元には、輝く装置があった。今まで見てきたものと比べて錆びてもなく、鏡のように光っている。
「なんだ、これは……さん、この機械に見覚えは?」
「ないわ……」
「調べてみよう」
 近藤たちがあちこち触ってみるが、装置は動かない。よく見ようと、は装置に近づいた。瞬間、装置は一層輝き、機械音とともに起動した。「転移対象:一致」という文字が現れたかと思えば、青い光は白くなり、やがて立体の人物を映し出した。映像はノイズがかかっていて顔がよく見えない。
「……――ようやく――が来た――……」
 その人物――男のようだ――は話し出した。ただ音声もノイズが酷く、ところどころしか聞こえてこない。
「……人類は――……崩壊と……ウイルスによって――……滅亡した……――未来は――……に託されている――……お願いだ……どうかこの未来を……――を助けてくれ……――」
 そのホログラム記録は、唐突に終わった。青い光も発光しなくなった装置を前に、四人は動けなかった。
「人類は滅亡した? ならこの世界は、未来だとでもいうのか?」
「未来は何に託されてるっていうんだ?」
「人類が滅亡した未来だっていうなら、俺たちはどうすればいいんだ?」
「落ち着いて」とは声をかけた。
「とにかく、ここを出てみんなに伝えましょう。今起きたことを」

 学校に戻った頃には日が暮れていた。皆を教室に呼び、たちはすべてを話した。
「未来に来たってことは、家族は生きてるってことですか?」
 新八に、は頷く。
「たぶん、生きてると思う。現代では学校がどんな風になってるかはわからないけど」
「よかった」と皆は安堵した。神楽が口を開く。
「それはよかったけど、ここでは暮らしていけないネ。元の世界にもどる方法を考えなきゃいけないアル」
「ちょっと待って。戻る方法はないかもしれないから、ここで生きてく準備をしなきゃいけないんじゃないかな」
 山崎が反論し、それにまた神楽が反発する。
「そんな装置があるんだったら、過去に戻る装置だって絶対あるネ! その方法を見つけるのがD班の、先生たちの仕事だロ?」
「まァ、神楽、そのくらいにしとけ」
 銀八は神楽を宥めた。
「今その議論をするのは早い。もっと探索すればそんな装置があるかもしれねェし、ないかもしれねェ……そんなの誰にもわからねーんだ」
「……明日、また研究所に行ってみるよ。もっと探してみる」
 が言うと、銀八が頷いた。
「そうだな、今日のところはこのくらいにしとこう。女子はと食事の準備してくれ。男子は発電した電気が通るか、俺と実験だ。以上」
 発電した電気で、明かりはつけられたようだった。その瞬間の歓声は、たちのところまで届くほどだった。
「成功したみたいですね」
 お妙がビスケットを分配しながら、にこやかに言う。
「そうね。よかった、暗い中で食べたくはないものね」
「そんなこと言って、暗い中で先生とあんなことやこんなことをしようと思ってたんじゃないの?」
 猿飛がトゲトゲしく言った。の代わりにお妙が答える。
「思うわけないじゃない。年中発情してる誰かさんとは違うのよ」
「な、何よ!!」
「まあまあ、仲良くやりましょ、ね……神楽ちゃん、それ食べちゃダメよ」
 夕飯――食事は一日に一度だが――は理科準備室で食べることになった。用意された豆電球が、淡い光を放っている。昨日は皆無言で食べていたが、今日はにぎやかだった。少ない食料だし、シャワーも浴びれないが、ちらほらと笑顔が見られた。この世界がどこかわかった安心感もあると思うが、やはり電気の効果が大きいだろう。
「……文明って偉大ね。灯りがあるだけでこんなに違うなんて」
「そりゃあ、人類が何千年と築いてきたものだからな」とビスケットを食べながら銀八は言う。
「その人類が滅ぶなんて、信じられないわ……」
「でも、滅ぶ要因はあったんだろ?」
「……まあ、ね。ホログラムも言ってたけど、たぶん温暖化による環境崩壊と未知のウイルスによるものだと思う。ここはいったい現代から何年先の未来なのか、想像はつかないけど温暖化は現代でも脅威として認識されてた……もしかしたら、そう遠い未来でもないのかもね」
「……その装置はだけに反応したんだろ?」
「うん」
「で、なんとかに未来が託されてるって言ってた」
「うん……」
「それ、お前じゃないか?」
 はぱっと銀八を見た。
は研究者だし、過去から未来を救うために学校ごと何らかの力で飛ばされた……そんな見方もできるな」
「何言ってるの」とは笑おうとしたが、口角は上げられなかった。その可能性はないとは言い切れなかったからだ。
「なんてな」と銀八は呟き、もう一枚のビスケットを口に入れた。
「もしもの話だ。あんまり重く受け取るなよ」
「……それが本当だとしても、私も銀八たちと一緒に――」いたい、という言葉は、下から聞こえてきた大きな破裂音によって飲み込まれた。
「なんだ!?」
「ガラスが割れた音がしたぞ!」
「お前ら動くな! 俺が様子見に行ってくる、、頼んだぞ」
 銀八はすぐに準備室を出て行った。下からはまたすさまじい音が響いた。食事どころではなく、不安で静まりかえる生徒たちを、は「大丈夫」と励ました。
「無事に帰ってくるはずだから――」
 やがて音は止み、バタバタとこちらに駆けてくる足音が聞こえてきた。その主は河上だった。
「し、晋助がひどいけがを――」
「何、高杉が!?」
 河上の案内によって皆、高杉の元へ急ぐ。そこは一階の廊下だった。窓ガラスがすべて割られ、高杉が来島によって抱えられていた。月明かりで高杉の服が血に塗れていることがわかる。
 その隣には脇腹を押さえた銀八の姿があった。
「どうしたの!? 何があったの?」
「……見たこともねー生物に襲われた。俺はいいから早く高杉を……!」
 土方と沖田が高杉の肩に腕を回すと、保健室へと急いだ。もまた保健室へ走る。銀八のことも気がかりだったが、まずは高杉を止血しなければならない。
 ベッドに下ろされた高杉の腹には、まっすぐな切り傷があった。は懐中電灯で照らすよう新八に指示すると、その服にはさみを入れ、肌を露出させた。震える指先で、血の流れを追うように傷へと手を伸ばす。
「誰か、布を持ってきて!」
 止血のやり方はざっくりとはわかっていた。お妙から布を渡されると、それを傷口に押し当てた。「ぐっ」と高杉の口から息が漏れる。温かい血がじわりと布にしみて、呼吸の音だけが耳に響く。やがて布の赤みの広がる速度が落ち着いてきた。ここまできたらもう大丈夫だ。は肩の力を抜き、猿飛に消毒と包帯をお願いした。
さん、先生もひどいけがを……!」
 隣のベッドに寝かされた銀八を見る。彼の脇腹の傷は幸い高杉よりは浅く、はまた新しい布で傷口を押さえて止血すると、消毒して包帯を巻いた。
「よかった、二人とも無事……!」
「一体何があったの?」
 そばにいた武市に聞くと、彼は答えた。
「見知らぬ生物が窓を割って私たちのところに来たんです。晋助殿が応戦してけがをして……私たちも加勢しましたが歯が立たず、最終的に先生がその生物の目玉にガラス片を刺すと、逃げていきました」
「どんな生物だったの?」
「エビみたいな、堅い甲羅を持った、大きい生き物だったっス……とにかく、晋助様が助かってほんとによかった……あんたには感謝するっス、ありがとうございます」
 来島は頭を下げた。武市、河上、岡田もまた頭を下げる。
「いいよ、私は偶然止血の仕方を知ってただけだし……」
「……二人とも助かってよかったけど、でも……これでわかったアル」
 神楽がぽつりとつぶやいた。
「この世界は安全じゃないネ」