夜の観察
お登勢という人は、お婆さんというほど老け込んでなく、凛とタバコを吸う姿は姐さんと言った方がしっくり来た。
「
ナマエと申します、よろしくお願いします!」
カウンターを挟んで、お登勢、キャサリン、たまの前でお辞儀する。
「律儀な子だねえ、どこぞのチャイナ娘より常識はあるみたいだ」
「おい、私の悪口はやめるネ!」
「そうなんだよ、この子すんごい謙虚でさ。おまけに食う量もどこぞの大食らいより少ねーから家計にも優しいんだよ」
「やめろって言ってるアル!」
神楽が銀時の口を片手で挟んだ。小競り合いしている二人を他所に、キャサリンが言う。
「フン、イイ子ダカナンダカ知ラナイケド、シッカリ働イテモラワナイトナ」
「神楽様のお友達ならきっと強いですし、酔っ払いに絡まれても対応できそうですね」
「……でもまだ14歳なんだろ? あんまり夜働かせるのもねえ」
「夕方から20時くらいまでにしてやってくれよ、ババア。いくら2階がうちだっつっても、遅くまで働くのは危ねェ。それに、
ナマエを狙う酔っ払いもいないって言いきれねーからな」
銀時が言った。それだとあまり稼げないのではないかと
ナマエは思う。銀時に渡す生活費の他に、故郷に戻るためのお金も必要になる。
「……銀時さん。私、もっと稼ぎたいです」
「そんなに金が入り用なのか? まさかうちの生活費も払うって言わねーよな?」
そのまさかだ。銀時に頷くと、彼は顔を腕で隠し、泣くふりをした。
「おいおい、どんだけいい子なんだよこの子。生活費なんか一度も払ってねー奴もいるのに」
「お前が給料くれないからだろーが!!」
神楽が銀時の頭をパシーンと叩く。銀時は頭をさすりながら言った。
「そんな心配いらねーよ。お前はまだ子供なんだから、生活費の心配なんざしなくていいし、もっと俺を頼っていい」
「そうヨ、
ナマエ。もっと銀ちゃんにタカっていいアル」
「そうだよ、
ナマエちゃん。銀さんはちゃらんぽらんだけど頼れる人だからね」
「なんだ新八、いたアルか」
「最初からいたよ、神楽ちゃんんんん!!」
「眼鏡が浮いてるのかと思ってたネ」と言う神楽に、「 どんだけ本体眼鏡と思われてんの!!」と新八が突っ込む。
「……まァ、17時から20時までの3時間、働いてもらおうかね」
お登勢はそう言って、タバコを灰皿に押し付けた。
「そうと決まれば……たま、キャサリン、
ナマエに仕事を教えてやってくれ」
「了解しました」
「チャント覚エロヨ!」
ナマエはこの日から、スナックお登勢で働くことになった。仕事は難しくなく、覚えのいい
ナマエはすんなりお酒の割り方を覚えることができた。
問題は接客だった。笑顔が作れない
ナマエは、ぎこちなく笑うことしか出来ずにいた。ただ、一部の客にはこれが好評で、心からの笑顔を引き出そうと躍起になる者もいた。お登勢はそんな
ナマエに作り笑顔を教えることもなく、見守ってくれた。
昼間は基本的に暇なので、神楽と定春の散歩をしたり、万事屋の手伝いに入ることもあった。依頼はだいたいペット探しや不倫の証拠を押さえたりすることが多かった。
そうして1ヶ月も経つと、
ナマエは神楽だけでなく、銀時や新八にも笑顔を見せることが多くなった。洛陽で身近にいた男性は神威であり、最初は優しかった彼はそのうち強い弱いで人を見るようになり、終いには神楽を置き去りにしたことが、
ナマエの心に深く刺さっていた。そのため男性に苦手意識があったけれど、万事屋の皆とスナックにやってくる客のおかげで克服しようとしていた。
そんなある日、いつものように
ナマエは風呂上がりに挨拶すべく、居間への襖を開いた。銀時がソファにごろんと寝転がり、テレビを見ている。
「……銀時さん、お風呂いただきました。入るならどうぞ」
「あいよ」と返事されるのはいつも通りだったが、続けてちょいちょいと手で招かれた。
ナマエは困惑しながらも銀時の向かいに座る。銀時は体を起こして言った。
「
ナマエちゃん、もう敬語はなしにしねーか?」
「えっ?」
「同じ屋根の下でほぼ一日中一緒にいるんだぜ? 敬語なんてやめやめ……まァ、
ナマエが使いたいんなら構わねーけど」
「……いいよ、銀時さんが嫌ならやめる」
「いや、嫌じゃねーけど……やっぱ敬語じゃねー方が距離感なくていいな。あと銀時さんって呼ばれんのもなんかくすぐってーから、他の呼び方考えてくれると助かる」
「他の呼び方……銀さんとか銀ちゃんとか?」
「そうそう、なんから呼び捨てでもいいから。銀時さん以外の呼び方なら何でもいいから」
「じゃあ……銀ちゃんにする。神楽ちゃんもそう呼んでるし」
銀時は満足気に頷いた。
「銀時さんだとなんか他人行儀だったからな、今日からそれで呼んでくれ。じゃ、風呂入ってくらァ」
「うん、おやすみ、銀ちゃん」
「おやすみ、
ナマエ」
銀時によって襖が閉められる。
ナマエは銀時の真似をして、ソファに横になってみた。テレビではバラエティをやっているらしく、笑い声が時々聞こえてくる。
――わざとだったのにな。
銀時たちに敬語だったのは、わざとだった。いずれお金が貯まったら故郷に帰らないといけない。だからわざと距離を置くのに敬語を使っていた。自分の中に銀時が居座らないように、お登勢やおたまたちも居座らないように。
ふう、と目を瞑ると、どっと眠気がやってきた。ちゃんと布団で眠らないと迷惑をかけてしまう。思っていても、睡魔には抗えず、
ナマエはその場で眠り込んでしまった。
鳥のさえずりで目が覚めた。瞬きして、自分が布団に入っていることに気づく。きっと銀時が昨日運んでくれたのだろう。申し訳なく思いながら起きて、洗面所に行く。神楽が髪を梳かし、銀時は歯磨きをしていた。
「おはよう、神楽ちゃん、銀ちゃん」
銀ちゃん、と言った瞬間、神楽がばっとこちらを向いた。
「何ネ、
ナマエ。いつから銀ちゃんって呼ぶようになったアルか?」
「昨日の晩に銀ちゃんが、銀時さん以外の呼び方にしてくれって……」
「……銀ちゃん。今のうちに手をつけとこうとしても無駄アル、私が許さないネ」
「なんでそんな考えになるんだよ、他人行儀な呼び方が嫌だっただけだ」
銀時がもごもごと答えた。
「
ナマエ、男は狼アルよ。気軽に心を許さない方がいいネ」
「……でも、銀ちゃんは昨日、私を布団まで運んでくれたよ?」
「ぶほっ!」
「はああ!? おい、
ナマエを布団まで運んで何したアルか、この発情天パ」
「何もしてねーよ! ただ寝てたから布団まで運んでやっただけだ……
ナマエも勘違いされるような言い方するんじゃねー」
「ご、ごめん……」
何と勘違いされるのか、わからなかったが、とりあえず謝る。
顔を洗ったあと、神楽は着替えに行ったのか姿を消していた。タオルを戻したところで、鏡越しに銀時と目が合う。今度は髭を剃っていた。
「……あの、ありがとう、布団まで運んでくれて」
「いいよ、別に。アイツ騒いでたけど、神楽も何回か寝落ちして押し入れまで運んだことあるんだよ。だから寝た時は運んでやるから安心しろ」
「うん……」
ナマエは銀時をじっと見上げた。視線を感じたらしく、銀時はシェーバーを動かしながらこちらを見下ろす。
「……なんだ?」
「銀ちゃんて、お父さんみたい」
「はぁ!?」
誰が父さんだ、俺まだ27だしこんなでけーガキ持った覚えねーぞ!と銀時は喚いている。
ナマエはその様子に思わず笑った。
「ふふ、そうだね、本当のお父さんじゃないよね」
「父ちゃんは勘弁して欲しいが……まァでも、同じ竈のメシ食ってんだから、それはもう家族と同義なんじゃねーの?」
こちらを見る銀時の目は優しく、
ナマエはどきりとした。家族が亡くなってから、大人から向けられる眼差しは疎ましさだったり、夜兎に対する畏怖だったりすることが多く、こんなに優しい目で見られたことはなかった。
「……やっぱり銀ちゃんは、お父さんみたい」
歯ブラシを手に取りながら、
ナマエはそう結論付けた。
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