大きくなったら衛星になる


「次は地球、地球です。降り口は――」
 窓の外には、青色の綺麗な惑星があった。これが地球。神楽のいる星。
 ――やっと神楽ちゃんに会える。

 ナマエは神楽と友達だった。神楽の母が亡くなる前から、ナマエは神楽を知っていた。神楽は兄の神威についての相談をナマエにしていたし、ナマエは自分の父が亡くなった悲しみを神楽に打ち明けていた。親友だと思っていた神楽は、ある日こんなことを言った。
「私、地球に行くネ」
「……地球? なんで?」
「地球に行けば金が稼げるって言われたネ。私、もう貧乏嫌ヨ。卵かけご飯食べたいネ」
「それは、そうだけど……どうやって地球に行くの?」
「密入国しろって言われてるアル」
 神楽はしれっと言った。ナマエは嫌な予感がした。きっと神楽は危険な仕事をやらされる。
「……大丈夫なの? 信頼できる人ならいいけど、その人と会ったのこないだが初めてなんでしょ? どんな仕事か聞いてるの?」
ナマエは心配性アルなあ」と神楽は呆れたように言った。
「危険な仕事だったとしても何とかなるネ。私、それなりに強くなったカラな……ナマエのおかげアル」
 ナマエはたまに、神楽の相手をしていた。「弱いやつに用はない」という、神威の去り際の台詞は、神楽の心に刺さっていた。抜けない棘のように、呪いのように。
 ナマエは立ち上がり、傘を閉じた。
ナマエ……?」
「……地球に行くなら、私を倒してからにしてよ」
 それで彼女の足を止められるとは思わなかった。けれど、神楽をみすみす地球へ行かせたくもなかった。神楽がいなくなれば、自分は一人ぼっちになってしまう。父も母も兄弟もいない自分は、どうしたらいいのか。
 神楽は驚いたようだったけれど、にやりと笑って立ち上がった。
「いいヨ、本気で行くアル」
 言った瞬間、間を詰められた。ナマエは彼女の蹴りを避けると、頭目掛けてかかとを落とした。が、それを見越したように足首を掴まれ、放り投げられる。空中で傘を神楽へ向けて銃を連射し、その間に神楽との距離を詰める。傘で防御している彼女の後ろへ回り込んで蹴りこんだがかわされ、その隙にナマエは腕を取られ、地面に倒されてしまった。
「……私の勝ちアルな」
 神楽が笑う。この笑顔を見るのも最後なのかと思うと、ナマエは寂しくなり、涙が出てきた。それを隠すように服を払いながら立ち上がる。
「……やっぱり神楽ちゃんは強いね。地球でも上手くやってけるよ、きっと」
「……ナマエも地球に行くヨロシ」
「えっ?」
「一緒に地球に行くネ! 私、話付けとくアル!」
「……いいよ、私は。ここに残って、ふりかけご飯食べて、何とかやってく」
 神楽のいない世界で、何とかやっていけるのだろうか。本当は不安だったけれど、親友の旅路を邪魔したくなくて、ナマエはそう言った。瞬間、神楽が眉を下げた。
「……そんな悲しい顔してると、私まで悲しくなってくるアル」
 涙を浮かべた神楽に、ナマエもまた泣きそうになる。そして二人は声を上げて泣いた。互いに互いと離れ離れになることが悲しくて。
 ひとしきり泣いて落ち着いた頃、ナマエは神楽と約束した。お金を稼いで、絶対に神楽に会いにいくと。
 そして今、ナマエは地球に――江戸に、降り立っている。洛陽の荒んだ街中とは違い、街は活気があって、すれ違う人々は楽しげに笑っている。ナマエはその様子を見て安堵した。ここなら神楽も楽しくやっているだろう。
「おい、そっち逃げたぞ!」
 どこからか男の声が聞こえ、そちらを見た瞬間、猫が飛び出してきた。ナマエは反射的にその猫を抱き上げた。随分太った猫で、高そうな凝った首輪をしている。
 やがて男たちが走ってきた。銀色の髪をした男と、そんなにナマエと歳の変わらなそうなメガネの少年だった。
「おっ、嬢ちゃん、捕まえてくれたのか? 俺たちその猫探してたんだよ」
 銀色の髪をしたその人は、「こっちに渡してくれ」と手を掲げた。ナマエは大人しく猫を渡すと、神楽のことを聞くべくこう言った。
「あの、この辺でかぐ――」
「見つけたアルか?」
「!」
 聞きなれた声に振り向く。神楽だった。神楽は目を見開いて、それから傘を放り出し思い切り抱きついてきた。
ナマエ!! 会いたかったネ!!」
 力が強いところは相変わらずだ。ナマエはふっと笑った。
「私も会いたかったよ、神楽ちゃん」

 神楽はなんだかんだあって、万事屋銀ちゃんという何でも屋さんで働いているようだった。ここで仕事しながら居候していると話す神楽はとても楽しそうで、彼女は居場所を見つけられたのだなと寂しくなった。そんなナマエの心を読んだのか、神楽は言った。
ナマエもここで暮らすヨロシ! 故郷に帰るお金はないんだロ?」
「そうだけど……」
「おいおい、何勝手に決めてんだ! 俺ァもう一人養う金なんかねェぞ」
「ならお登勢さんのとこで働いてもらえばいいんじゃないですか? 衣食住はここで……」
「それが一番問題なんだよ! ただでさえ火の車なのに、大食らいがもう一人増えたら野垂れ死ぬぞ!」
「……私は少食だから大丈夫」
「そうネ! ナマエはご飯一膳しか食べないアル!」
「それが普通なんだよ!!」
 それからなんやかんやで銀時は折れ、ナマエは万事屋で暮らすことになった。その日の夕飯は、ご馳走にしようということで、神楽が卵かけご飯を作ってくれた。
「……おい、卵かけご飯のどこがご馳走なんだよ」
「失礼ネ、卵かけご飯はご馳走アル! ね、ナマエ!」
「うん! ふりかけご飯しか食べてなかったから、嬉しい」
「ほら、ナマエも喜んでるアル。これをご馳走と思わないなんて、銀ちゃんは薄汚い大人アルな。汚いのは足の裏だけにしとけヨ」
「何その辛辣な言葉!! 何で卵かけご飯でそんな言われなきゃいけねーんだよ!!」
 久しぶりに食べる卵かけご飯は美味しく、ナマエは涙が出そうだった。さっき一膳しか食べないと言ったけれど、思わずおかわりしてしまった。神楽は自分の倍は食べていた。
 食べ終わって食器を下げようとすると、銀時に制された。
「……長旅で疲れてんだろ。俺が片付けるから休んでろ」
「銀ちゃん優しいアルな……ナマエ、気をつけるアル。こいつ下心持ってるネ」
「誰が下心だ! こんなガキにそんなもん持っちゃいねーよ!」
「わからないネ、ナマエは可愛いカラな。もしかしたらヒロインの座を明け渡すことになるかもしれないネ」
 ナマエは神楽が何を言っているのかわからなかったが、とりあえずこう返事をした。
「……それはないよ。私人見知りだし、神楽ちゃんみたいに明るくないし、可愛くないし」
「そんなことないネ! ナマエは可愛いアル、特に人見知りのバリアが外れたら見れるナマエの笑顔はとびきり可愛いアル!」
「……ありがとう」
「……お前らほんとに仲良いのな」
 食器を乗せた盆を持って、銀時が立ち上がった。ナマエも皿洗いを手伝おうと思ったが、神楽に話しかけられ、結局できなかった。
 テレビを見ながら三人で話し、風呂が湧いたところで一番風呂に入るよう銀時たちに言われた。遠慮するも今日はお客さんなのだから入れと譲らず、ナマエは大人しく入ることにした。浴槽に浸かって、手足を伸ばす。ナマエの暮らしていた家とは違い、この家はお風呂も広かった。家賃はいくらくらいだろう。お世話になるのだから、毎月生活費は払わないといけない。1階のスナックお登勢でどれだけ稼げるかわからなかったが、精一杯働けばきっと頑張りを認めてくれる。
 神楽はもちろん、銀時も新八もいい人だから、きっとお登勢もいい人に違いない。今まで一人でモンスター退治をして稼いでいたから、そんな人達の元で働けるのは嬉しい。ナマエは天井を見上げて微笑んだ。
 ――よかった、神楽ちゃんを追って来て。
 ナマエの寝るところは神楽と同じ部屋の畳の上だった。神楽と同じく押し入れでいいと言ったのだが、神楽は寝相が最悪だし、さすがに狭いだろうと銀時が言い、畳の上で寝させてもらう事になった。出された布団は干してくれたらしく、太陽の匂いがしてナマエはくすぐったい気持ちになった。
「もっと話したいけどナマエも疲れてるだろうし、明日また話すアル。おやすみ、ナマエ
「おやすみ、神楽ちゃん」
 神楽は押し入れの戸を閉めた。ナマエも目を閉じる。地球での暮らしに不安がないとは言いきれないが、神楽と一緒ならどうにでもなる気がした。

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