続き

小太郎さんは真選組から毎日逃げているだけかと思われるけれど、ちゃんと働いている。いつも履歴書などがいらないかぶき町で、キャバクラの呼び込みをやったり、かまっ娘クラブで働いたりしている。今日はそこにいると昨日聞いていたので(「べ、別に来て欲しいという訳ではないぞ、断じて」と来てほしそうだったので)、仕事帰りに立ち寄ってみた。
「いらっしゃい、あら、ナマエちゃんじゃなーい」
西郷さんににこやかに出迎えられて、私もまた笑みを返した。
「こんばんは……ヅラ子さんはいらっしゃいますか?」
「ふ、ご指名ってことね……ヅラ子、ちょっと」
西郷さんは後ろのテーブルに手招きして、ヅラ子こと小太郎さんを呼んだのだけれど、もう一人白髪のツインテールの子も一緒に来てくれた。
ナマエ、来てくれたのか!」
「うん……こちらの方は?」
「パー子です、よろしくー」
パー子さんは頭をかきながら気だるげに言った。
「今こいつの研修中でな。俺が手本になってやってるんだ」
「そうだったんだ。パー子さん、ナマエです。よろしくお願いします」
お辞儀するとパー子さんも畏まったようにぺこりとお辞儀した。
「随分真面目な子だこと……この子、もしかしてヅラのこれ?」
パー子さんは小指を立てる。小太郎さんは照れたようにこほんと咳をした。
「ま、まあ、そんなところだ……」
「おいおい、こんな可愛い子捕まえるなんてやるじゃねーか」
パー子さんは「ヒューヒュー」と肘でぐいぐい小太郎さんを押す。「やめろ、やめろってー」と中学生男子のように小太郎さんは顔を赤らめた。
「と、とりあえず座ろうか」
小太郎さんの一言でソファに腰を下ろす。右に小太郎さん、左にパー子さんが座り、私は両手に花状態だ。今まで小太郎さんと二人きりで過ごすことが多かったので、パー子さんがいると何を話せばいいかわからなくなってしまう。けれどせっかく来たことだし、とパー子さんに話しかけた。
「あ、あの」
「ん?」
「パー子さんのパーは……天然パーマのパーですか?」
「えっ、最初に聞くことそれ!? ってかそれ以外に何があんの? 頭パーのパー?」
こくりと頷くと「おいおいおい」とパー子さんは引きつったように笑った。
「さすがはヅラの彼女だけあるな……この子ちょっとへ……」
パー子さんのその後の言葉は聞けなかった。その前に小太郎さんがパー子さんの顔面に蹴りを入れたからだ。
「ぐほっ!」
「さてナマエ、何飲もうか?」
何もなかったかのように話しかけられ、私は戸惑いながらもとりあえずビールを注文した。
「いてててて……」
「大丈夫ですか?」
起き上がったパー子さんに、おしぼりを渡そうとするも小太郎さんに止められた。
ナマエ、そいつは大丈夫だ。昔から体だけは丈夫だからな」
「てめーに言われたかねェよヅラ」
「ヅラじゃないヅラ子だ」
「昔からって……そんな前から知り合いなの?」
「そうだ。寺子屋からだな」
「えっ、寺子屋から? 仲良しなんだね」
小太郎さんとパー子さんに微笑むと、二人は「冗談じゃない(ねェ)」と声を揃えた。
「腐れ縁みてーなもんだよ、江戸に来てその縁が切れたと思ったらこいつはここで攘夷志士やってるし」
「こいつは万事屋といういかがわしい商売をしてるしな」
「えっ……」
「おいドン引きしてんじゃねーか! いい加減なこと言うんじゃねえ! ……俺は万事屋っていう何でも屋をやってんだ、なんか依頼あったら受けるぜ」
ぴっと胸元から名刺を取り出し、パー子さんはにやりと笑って私に渡した。「万事屋銀ちゃん 坂田銀時」。パー子さんの本名らしい。
「……銀時さんも、好きでここで働いてる訳じゃないんですね」
「ああ、ちょっとゴタゴタがあってな……ナマエちゃんはヅラと付き合ってどれくらいだ?」
突然の質問に、答えに窮してしまう。「えーと」と小太郎さんに目を向けると彼もまた顔を赤くしていた。私まで照れてしまう。
「さ、3ヶ月くらいです……」
「へえー、一番楽しい時期じゃねーの。いいねえ、俺も恋愛してーわ」
ぐびっとビールを飲みながら銀時さんは言う。
「おいパー子、お前ここキャバクラじゃないんだぞ。お前がナマエをもてなすんだぞ」
「うるせーな、わーってるよ……おい日本酒!」
「絶対わかってないだろう!!」
二人のやり取りにくすくす笑いが出る。楽しい人だ。
「いいですよ、いっぱい飲んでください……ほら、小太郎さんも」
空のグラスにビールを注ぐ。小太郎さんは「すまんな」と謝った。
「あれはいっつもそうなんだ、女と飲むとすぐキャバクラになる……」
「ふふ、楽しいじゃない。畏まって飲むよりよっぽどいいわ」
「お、わかってんじゃん、ナマエちゃん。いやー、ヅラのことだから人妻と付き合うと思ってたが……どはっ!」
銀時さんの言葉は遮られた。小太郎さんがまた飛び蹴りをしたのだ。
「……人妻?」
「な、なんでもないんだナマエ
小太郎さんはおろおろとしている。もしかして。
「……小太郎さん、人妻が好きなの?」
「そうだぜ」
銀時さんは立ち上がって言った。
「昔はどこそこの奥さんが美人だとか、そんな話してやがった」
「おい銀時!!」
「そうなんだ……」
小太郎さんは人妻が好き。初めて知った事実にショックを隠せない。私はどうしたって人妻にはなれない。小太郎さんを好きでいる限り。
「違うんだナマエ、俺は確かに人妻を好むが――」
「ごめん……!」
ナマエ!」
私は二万円を置いて、逃げるようにお店を出た。まさか小太郎さんが人妻キラーだったなんて思わなかった。見つからないように路地に隠れる。人妻が好きなら、どうして私と付き合っているのだろう。まさか、私はその性癖を隠すために――。
ナマエ
振り返ると小太郎さんが立っていた。
「どうしてここがわかったの?」
「匂いでわかる。好きが高じてってやつだな」
「な、なるほど……?」
瞬間ぐっと抱きしめられた。
「俺は確かに人妻が好みだが、ナマエのことはそんなこと関係なく好きだ。信じて欲しい」
低い声で言われ、私は頷く。
「私も、小太郎さんが好き……できれば、小太郎さんの奥さんになりたいって思ってる」
思わずプロポーズまがいのことを言ってしまった。「な、何を!?」と小太郎さんは驚いている。私はもう後には引けぬと続けた。
「そうすれば妻になれるでしょう? 人妻にはならないけれど……」
ナマエ……!」
強く抱きしめられたあと、小太郎さんは私を姫抱きして駆け出した。
「えっ、どこ行くの? 仕事は?」
「そんなものどうでもいい、ナマエの部屋に行くぞっ! 早く二人きりにならなければ……!」
私は驚いて、それから笑みが込み上げた。あんなに真面目な小太郎さんが、こんなに不真面目になるなんて。彼のペースを乱したことが嬉しかった。