死神

「銀さん、またパチンコでスってきたんですか?」
「しょーがない男アルな、ちょっとお金入るとギャンブルに手を出すダメ男ネ。マダオって呼んでいいカ?」
散々な言われようである。銀時はどさっとソファに座った。
「うるせーな、俺ァやる時ゃやる男だ」
「やる時って……僕たち給料ももらってないんですけど」
「そうネ! 酢昆布しかもらってないネ!!」
「それで生活できてんだからいーだろうが! これ以上何贅沢しようってんだ」
鼻をほじりながら言うと罵詈雑言が飛んできた。二人とも鬱憤が溜まっていたようだ。あーうるせーうるせーと銀時は万事屋を出た。
「まったくガキどもは贅沢ばっか言いやがって。誰のおかげで飯が食えると思ってんだ」
そうは言っても今日はパチンコでスった額が大きすぎた。今日の夕飯はなんとかなるが、明日は大口の依頼がないと食っていけないだろう。さてどうしたものかと橋の欄干から川を眺めていると、「銀さん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたんですか、そんなところでぼんやりして」
それはナマエという娘だった。お登勢のところで働いていて、よく一緒に飲む仲間だった。銀時はこの娘を大層気に入っており、ナマエと会って気分が高揚したがそれを顔には出さず言った。
ナマエか。いや、ちょっと金に困ってな」
ナマエはくすくすと笑った。
「もう、しょうがない人ね。いつも困ってるじゃない」
「まァな、ただ今回はちょっとマズイっつーか……」
「そうなの?」
ナマエは真面目な顔をして、少し考えたかと言えば、こんなことを言った。
「随分困ってるようだから、いい事を教えてあげるわ。銀さん、医者になるのはどう?」
「は?」
突拍子のない提案に銀時の口から間抜けな声が出る。ナマエは気にすることなく続けた。
「長患いをしてる病人には枕元か足元、どっちかに死神が憑くの。足元に座ってるのは何とか脈がある。逆に頭の方に死神が座ってるのはもうダメ。寿命がないから手がつけられないの。そこに銀さんが行って、もし枕元に死神が座ってたら、これは寿命だから諦めろと言えばいい。逆に、死神が足元にいたら呪文を唱えて、死神が離れれば病人は嘘のように治る。そうすれば銀さんは立派な医者になるわ」
嘘かと思ったが、ナマエは冗談を言うような娘ではなく、銀時はとりあえず乗ることにして「呪文てのはなんだ」と聞いた。ナマエはきょろきょろ辺りを見回して、声を潜める。
「決して人に言っちゃダメよ……『アジャラカモクレン、テケレッツのパー』と唱えて二つ手を叩くの。そうすると、どうしても死神は離れなきゃならない決まりになってる。やってみて」
怪しい呪文だがやってみろと言うならやるしかない。銀時はその場で唱えて手を二回叩いた。
ナマエ……?」
手を叩いたあと顔を上げれば目の前にいたはずのナマエの姿がなかった。見回しても姿がない。銀時は薄ら寒くなったが、背に腹はかえられず、万事屋に帰ってすぐ看板に「医者もやります」と書いてみた。新八と神楽にはやぶ医者でもするつもりかと呆れられたが、ナマエの言うことは信じられる。ただ半信半疑だったため、その文字は小さく書いた。これで来る客などいないだろう。そう思っていたのだが、ものの十分と経たないうちに人が訪ねてきた。
「ごめんくださいまし」
「はい、何か用ですか?」
「こちらはお医者様でいらっしゃいますか?」
銀時は迷ったが、ダメだったら適当に切り上げればいいと思い直し言った。
「……一応医者ですが、なんです?」
「てめーは日本橋の越前屋四郎兵衛と申します者の手代でございます。実は、主人が長病でございまして、色々な先生方に診て頂きましたが、どうにも思わしくないと言うので当たると評判の易者に占って貰いましたところ、帰り道で初めて目に付いたお医者様にお願いすれば必ず病気は治ると言われまして、それでこちら様にお願いに上がった次第でございます」
「へえ、それでここを最初に見つけて。わかった、じゃあ行きましょう」
「いえ、先生に……」
「ああ、俺が医者なんです」
「…………」
 医者らしくないなりをしていたからか、男は無言になったが、店まで連れていってくれた。
 大層立派な大店だった。これァうまくいけば大分金が貰えそうだと銀時は踏んだ。番頭に話をすると「まあ診せるだけなら間違いもなかろう。頼んだんじゃ仕方がない」と言うんで案内をされ、病人の寝る奥の間に入ってみると、足元の方にナマエが座っていた。
ナマエ?」
呼んでみるが彼女は反応せず、ただ正座をして病人を見つめている。驚いた、死神っていうのはナマエだったらしい。これはやばいことに足を突っ込んじまったと銀時は後悔したが、ここまで来たからにはやるしかない。
「お医者様、治りますかい?」
「……ああ」
銀時は「アジャラカモクレン、テケレッツのパー」と唱えて手をパンパンと二度打つと、ナマエがすっと居なくなった。すると今まで真っ青だった病人の顔色にパッと血の気が戻って「おい、お茶を持ってきておくれ」などと言ったため、店の者も驚いていた。
「頭からスッと雲が晴れたようで腹が減ったな。何か食い物はないかい」
「あの先生、病人が何か食べたいと……」
「あーはいはい、何か食わしてやったらいい」
「やはり、重湯か何か……」
「いやいや、鰻でも天ぷらでも何でも、ご主人の食いたいモンを食わしておやんなさい。もう大丈夫だから」
「では、お薬は……」
「え、ああ……お薬ね。じゃあ渡しますから家に来てください」
 咄嗟にそう言って家に連れてきたはいいが何もありはしない。台所を見回すと萎びた大根の葉っぱがあったので、紙きれに包んで渡した。
「はい、お薬」
 手代はそれをしげしげと見て、
「これは煎じるんでございますか」
「そうそう。煎じたって構わないですよ。こう、お湯でグラグラっとね」
「それはどういう風に……」
「どういうふうでも構わねェ。二杯を三杯に煎じりゃいいでしょう」
「二杯が三杯に増えるのでございますか?」
「いや、そういう事じゃねー。まァ、二杯でも三杯でもいいから適当にお湯ん中ぶっこんで煮ちゃいなさい」

それから「あの先生は名医だ」と江戸中に評判が立った。あちらからもこちらからも引く手数多。新八と神楽からはどんな手を使ったんだと言われたが、教える訳にはいかなかった。医者として銀時が仕事する時は、二人を連れていかないようにしていた。最初こそ躊躇していた銀時だが、大金を貰うにつれて気が大きくなり、呼ばれればすぐ患者の元へ行った。足元だけでなく頭の方にナマエがいるときもあったが、その時は「これはもう寿命が尽きてるから諦めなさい」と言って、屋敷を出るか出ないかの間に患者はコロリと逝ってしまうので、更に評判が上がった。
銀時はもう一度ナマエと話したかったが、その機会は訪れなかった。お登勢曰くナマエは店を辞めたというし、死神のナマエは銀時とも目を合わせないのだ。
ナマエへの未練が大きくなると共に、金はどんどん尽きていった。大金によって贅沢三昧していたところ、神楽の舌は肥え、高い肉や魚を買っていたからだった。ついでに最近は枕元にナマエがおり、金を稼ぐこともできなくなっていた。銀時たちは万事屋として細々と稼ぐしかなくなったが、一度経験してしまった贅沢が恋しかった。
 そのうちに、麹町五丁目で伊勢谷伝右衛門という、指折りの金持ちの手代が主人を診てやって欲しいとやってきた。よしきた!と勇んで行ってみると、ナマエは枕元に座っている。
「あーダメだ、この病人は助からない。諦めなさい」
「そこを何とか一つ、先生にお骨を折って頂いて」
「骨を折るっつったって、治らねェもんはしょうがない」
「では如何でございましょう。五千両まではお礼を致しますが」
「うーん、金を貰ったところで助からないものはしょうがねーんだから、諦めとくれ」
「それでは如何でしょう。ふた月、三月でも寿命を伸ばして頂けたなら、一万両までお礼を致します」
「い、一万両? そうなると何とか助けてェが……」
銀時はうんうん唸って考えた末に、ハッと閃いた。番頭の耳元に小声で話をする。
「病人の寝ている四隅に、気の利いた若い衆を置いてくれ。俺が膝を叩いたら、一斉に布団を持ち上げて足と頭の場所を入れ替えて欲しいんだが出来るか?それが出来りゃァ、旦那も助かるかもしれねェ。ただしやり直しは出来ねェ」
番頭も大旦那の病が治るならと手筈をした。そして銀時たちは病人の様子を見ていた。夜が更けると、ナマエの目が爛々と輝いてきて、病人がうーんうーんと苦しむ。夜が明けてくると、ナマエは疲れたのか、そのうちコックリコックリ船を漕ぎ出した。それを見て、銀時は若い衆に目配せをし、ここだなと思うところでポンと膝を打つ。途端にサッと床が変わる。
「アジャラカモクレン、テケレッツのパー」
と銀時は早口で唱えて手を二回パンパンと打った。
ナマエはそのまま消えてしまった。すると病人はたちまち容態が変わるというわけで、「ありがとうございました」と金をいただいた。
銀時はその金で一杯やって、夜道を歩いた。
ナマエには悪ィが、金を手にするためにはしょうがねェ」
 罪悪感があったが、そうしなければならなかった。さてこの大金を何に使おう、と楽しく妄想していたところ、後ろから低い声が掛かった。
「銀さん、どうしてあんな真似したの」
振り向くと、そこにはナマエの姿があった。
ナマエ!」
銀時は思わず彼女を抱きしめた。死神だなんて関係ない。ナマエは顔を赤らめながらも銀時から離れた。
「私は怒ってるんです! あんなバカな真似をして……」
「悪かったな。俺が貰った金から幾らかあげるから、それでひとつ勘弁してくれ」
「何言ってるの……まあ、やっちゃった事はもうしょうがないわ。一緒に来て」
 しばらく歩いてやってきたのは、大きな木の根元だった。そこにはポッカリと虚のような穴が開いていて、下に向かって階段が続いている。
「私の後に続いてここを降りて」
言われた通り真っ暗な階段を下りていくと、やがて明るい場所に出た。
「これを見て」
「ロウソク……?」
辺りはすべて蝋燭が立っていた。時折吹く風に合わせて火が揺れる。
「これは全部、人の寿命なの」
「なるほど、昔から人の寿命は蝋燭の火のようだなんて例えはよく聞いたもんだが、随分どっさりあるもんだ。長いのや短いのや色んなのが……、ここにロウが溜まって暗くなってるのがあるな」
「そういうのは患っているものなの。ロウを取って、炎がまっすぐに立てば病は治る」
「へえ」と相槌を打ち、ふと今にも火が消えそうな蝋燭を見つけた。
「ここに随分短くなってるのがあるな」
「銀さんのよ」
「え?」
「銀さんの寿命よ」
「だ、だってこれ、今にも消えそうじゃねェか」
「消えそうね。消えた途端に命はないわ、もうじき死ぬのよ……銀さんの本来の寿命はこっちにある。この半分より長く威勢良く燃えているのが、銀さんの本来の寿命。それなのに、銀さんはお金に目が眩んで、寿命を取り替えちゃった」
ナマエが目を細める。だから言わんこっちゃない、最初の気味悪さを信じて何もしなけりゃよかったんだ。銀時は頭を抱えた。
「何とか助かる道はねェのか?」
ナマエは足元に転がる燃えさしの蝋燭を拾い上げると銀時に渡した。
「ここに灯しかけがあるから、これとその消えかかっている蝋燭を繋いでみて。上手く繋がれば助かるかもしれない」
銀時は蝋で滑る蝋燭を持ち、燃えさしの蝋燭に火を移した。器用だからこそできた技だった。
「できたぞ!」
「……そうね」
ナマエは面白くなさそうな顔をしていた。しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間には喜んでいた。
「よかったわ、銀さんが死ななくて」
「そう簡単に死ねるかよ……ほら、もう上がろうぜ」
階段をしゃくったが、ナマエは首を振り、銀時に抱きついてきた。
「うお、なんだ、ナマエ……」
「実はこの奥に休憩室があるの、休んでいかない?」
「なんでこんなとこにそんなラブホ的なやつがあるんだよ!!」
と突っ込んだものの、銀時も誘われてはやぶさかではなく、蝋燭を片手にナマエに連れられるまま休憩室へ向かった。そこは暗く、行灯の中に蝋燭を入れる。ぱっと布団が浮かび上がった。何やら装飾もゴテゴテしている。
「完全にラブホじゃねーか!!」
「銀さん……」
ナマエは騒ぐ銀時の唇を自身のもので塞いだ。スイッチが入ってしまった銀時はナマエを布団へと押し倒す。扇情的に自分を見上げる瞳が堪らない。帯を外し、襟元を開こうとすると、ナマエは恥じらうように言った。
「恥ずかしいから、明かりを消して……」
本当はナマエのすべてを見たかったが、そう言われては仕方がない。銀時は行灯の中にある蝋燭を吹き消した。
「……ああ、これでようやく一緒になれた」