後日談

 暖かな日差しに、春の息吹が感じられる。すれ違う女性たちは、パステルカラーの春らしい着物に、薄い羽織を着て歩いていた。陽光に浮かれたように、どこからか楽しげな笑い声が聞こえてくる。
 ナマエも例に漏れず、桜が描かれた着物を着て、一人、かぶき町を歩いていた。上京したことがなかったナマエは当初、江戸があまりにも都会すぎて、色々と目移りしていたが、ここに来て一ヶ月が経った今、最初から都会人だったかのように、前を向いて歩けている。
 スナックお登勢の看板が見えた。日傘を畳み、その階段を上る。目当ての店のドアベルを押した。
「はいはい、新聞ならいらねーよ――って、ナマエ
 出てきた銀時に、ナマエは微笑む。
「……こんにちは」
「一人で来たのか? いっつもお前に付きまとってた奴はどうした?」
「今日は集会があるんだって。どうしても行かなきゃいけないって」
 まるで今生の別れのように、大袈裟に出ていった小太郎を思い出して笑う。銀時は「一応あれで党首だからな」と頭を掻いた。
「ま、上がれよ」
「お邪魔します」
 玄関を上がって、居間へ通される。
「お、ナマエ!」
ナマエさん!」
 ソファでくつろいでいた新八と神楽が立ち上がった。
「こんにちは。新八くん、神楽ちゃん」
「今日はヅラと一緒じゃないアルか?」
「うん、今日はね」
 ナマエがソファに座ると、新八がお茶を出してくれた。ありがとうと会釈する。
ナマエさんが一人でいるの、初めて見ました」
「いっつもヅラとセットでいたカラな……嫌気でもさしたカ?」
 ナマエはヅラには勿体ないネと、神楽は言う。ナマエは笑った。
「ふふ、嫌気はさしてないよ。たまに過保護だと思うことはあるけど」
「……まァ、あんなことがあっちゃあそうなるだろ」
 銀時が向かいに腰を下ろす。
「それで? なんか用があって来たんだろ?」
 ナマエは頷き、口を開いた。
「……お願いがあるの」

 *
 
 晴れ渡った空の下、降り注ぐ陽光が心地いい。
「良い天気だな」
『そうですね』
 バイトからの帰り道、エリザベスと並んで歩く。新緑の青さの混じった、柔らかな匂いに春を感じる。
「……こんな日は花見をするに限る。帰ったらナマエと三人で、桜を見に行こうではないか!」
 なあエリザベス、と振り返ると、エリザベスは立ち止まった。
「……どうした?」
『ちょっと用事を思い出したので先帰っててください』とプラカードを出される。「わかった」と了承すると、元来た道を戻り始めた。
 ナマエと再会し、家に連れて帰ってからというもの、エリザベスはこうして遠慮をするようになった。小太郎とて、ナマエとイチャイチャしたり、にゃんにゃんしたい気持ちはあったが、エリザベスを邪魔者だなどと思わないし、遠慮などせず一緒にいればいいと思っていた。
 ――話すべきだな。
 エリザベスが帰ってきたら、自分の考えを伝えよう。そう思いながら角を曲がる。何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「江戸一番の餡子だよー!!」
「早く買わなきゃなくなるアル!!」
「お、うまっ!」
「って、何銀さん試食食ってるんですか!? ちゃんと仕事してくださいよ!」
 どうやらスナックお登勢の前で、万事屋一同が呼び込みをしているようだった。何を売っているのかと、彼らの後ろを見れば、そこにはなんとナマエがいた。エプロン姿のナマエは、わらわらと寄ってくる客に桜餅を渡している。すべてナマエの手作りだろう。
 小太郎は微笑み、ゆっくりと彼女たちに近づいた。
「あっ、ヅラ! 何でここにいるネ。もしかして、ナマエの居場所をGPSとか使って把握してるアルか? 気持ち悪いネ」
 メガホンを使って言われた辛辣な言葉に、小太郎はぐふ、とダメージを受けた。
「……その言い方はないだろう、リーダー。しかも俺はストーカーなどという恥ずべき行為はしていない!」
「ふーん」
「じゃあ何で桂さん、ここ通ったんですか?」
 新八に聞かれ、小太郎は答える。
「今日はかぶき町でバイトがあってな。帰り道にたまたま通ったんだ……ナマエは桜餅を売ってるのか? 朝から餡を炊いているのはわかったが、この量を作っていたとは」
 台にのったパックの数は、ざっと見て二十はあるだろう。
「全部ナマエ一人で作ったんだってよ。俺達も手伝おうとしたが、それじゃ意味がないっつって」
 桜餅を頬張りながら、銀時が言う。和菓子屋をやりたいという、ナマエの夢が浮かんだ。
「あっ、小太郎!」
 こちらに気づいたナマエが手を振る。気を利かせた新八が彼女と代わると、パックを持ってこちらに駆けてきた。銀時たちは「おじゃま虫は退散だ」と持ち場に戻って行った。
「お疲れ様!」
「ああ……繁盛しているようだな」
 そう言うと、ナマエは嬉しそうに笑った。
「うん! それもこれも、万事屋さんのおかげ。場所もお登勢さんが昼間ならいいって貸してくれたし」
「そうか」
「あれ? エリザベスさんは?」
 きょろきょろと辺りを見回すナマエに、小太郎は答えた。
「用事があるようで途中で別れた……夕方には戻るだろう」
 ナマエは残念そうに眉を下げた。
「そう……桜餅が全部売れて、小太郎たちも疲れてなかったら、三人でお花見に行こうかと思ってたんだけど……」
「奇遇だな! 俺も皆で花見に行こうと思っていた」
「ほんと?」とナマエは笑い、それから持っていたパックに目を落とした。
「……お花見のために、これも作っておいたの」
 彼女の持つパックには、おはぎが三つ並んで入っている。おはぎといえば、ナマエとの約束が思い出される。自分はまだ果たしていない。
「……これは食わないといかんな。エリザベスは俺が探す、ナマエは桜餅を売ることに専念してくれ」
「わかった……気をつけて」
 ナマエと別れて小太郎は道をもどる。エリザベスが行きそうなところはいくつか浮かぶが、一番いるであろう場所は河川敷だった。その河川敷は、仲直りをしたり、一緒に屋台の蕎麦を啜ったりした、思い出の場所だ。
「エリザベス……!」
 やはり、そこにエリザベスはいた。川べりに座って、一人、ただぼんやりと川を見ていた。
『桂さん、どうしてここに』
「お前が心配になって来たんだ……三人で花見に行こう。ナマエもお前と行きたがってるぞ」
『自分はいいです。二人で行ってきてください』
「そんな訳いくか! ……いいか? お前は俺たちが恋仲なのもあって、遠慮してると思うが、気遣う必要などない。エリザベスも俺たちの一員であり、桂ファミリーなのだ! エリザベスなくして、今の俺はいない」
『……桂さん』
 エリザベスは涙を浮かべていた。小太郎は微笑んで、エリザベスの手を掴んで立たせた。
「さあ、行くぞエリザベス。ナマエを待たせている」
『はい』
 ナマエの元へ帰ると、彼女は銀時たちと撤収作業をしているところだった。エリザベスを見た瞬間、ナマエは笑みを浮かべた。
「よかった。エリザベスさん、来てくれたのね」
『桂ファミリーなので』
「桂ファミリー? ふふ、面白いこと言うね」
 勢いで言った言葉をエリザベスは気に入ってしまったらしい。知らず知らず顔に熱が集まる。ナマエに赤い顔を悟られないよう、万事屋の方を見ると銀時と目が合ってしまった。彼はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
「おいヅラ、何顔赤くしてんだよ……あれか? 今夜のことでも考えてんのか?」
「違う!! 俺は貴様と違って破廉恥ではないからな、一日中そんなピンクなことを考えている訳ではない」
「どうだかね……ナマエ、今日の売上だ」
 銀時がナマエに封筒を渡した。「ありがとう」と彼女は受け取る。
「依頼料は?」
「もうこっから抜いといたよ……また万事屋をよろしくな」
「よろしくアル!」
「じゃ、ナマエさん、また」
「ほんとにありがとね!」とナマエが二階に上がる彼らに手を振った。銀時たちも手を振り返し、万事屋の戸が閉められる。ナマエがこちらを振り返った。
「……さ、お花見行きましょうか。待たせてごめんね」
「いや、待ってなどないが……どこの桜がいいだろうか?」
『前奴らに追われた時に見つけたところは?』
「ああ、そこは確かに良いところだったな。人も少なかった」
 小太郎はエリザベスとともに、ナマエを穴場である桜の場所へ案内した。
「わあ、綺麗……!」
 そこは人気のない神社だった。赤い鳥居の向こうに、一本の桜が静かに咲いている。小太郎たちはその下に立ち、淡い桜を見上げた。
「……やはり桜はいいな。儚さと潔さを感じる」
「そうだね……こんなに綺麗なのにすぐ散っちゃうもんね。私、久しぶりに見たから、なんか感動する」
『そこで食べましょうか』
 エリザベスはちょうど桜の下にあったベンチを指した。お花見用に誂えたような、長いベンチだ。小太郎たちはナマエを挟むようにして座った。
 ナマエは包を広げて、おはぎと紙皿、割り箸、そして水筒を取り出した。
「こんなに準備していたのか」
「小太郎たちがかぶき町で仕事するって言ってたから、もしかしたらこうなるかもと思って、用意してたの。はい、これ小太郎の分、これはエリザベスさん」
 皿にのったおはぎが差し出される。こし餡が丁寧に米をくるみ、艶まで感じられる。
「いただきます」
『いただきます』
 一口食べると、柔らかい甘さを感じ、もち米も固くなく弾力を感じる。咀嚼して飲み込むと、甘さはすっと消えた。
「……以前より美味さが増したな」
『すごく美味しいです』
 二人で感想を言うと、「ほんと!?」とナマエはぱっと笑った。
「小太郎たちが戦してる間に、もっと美味しくならないか試行錯誤してたの……そう言ってもらえてほんとに嬉しい!」
 とても喜んでいるナマエの様子に、笑みがこぼれる。
「きっと江戸一番……いや、日本で一番の和菓子屋になるぞ、ナマエは! なあ、エリザベス」
『日本一=宇宙一!』
「もー、そんな乗せないで、照れるから……」
 ナマエは顔を赤くしてはにかんでいた。相変わらず可愛らしい。
「……こうして銀時たちに手伝ってもらいながら売って、いつか自分のお店が持てればいいなと思うの。それがずっと、夢だったから……随分遠回りしちゃったけど」
「……叶うさ、ナマエなら絶対に……もし、それが叶ったら――そして、俺が日本を統べる時が来たら――」
  小太郎は息を吸った。一世一代の告白だった。
「――俺と、結婚してほしい」
 ナマエと再会してからずっと考えていたことだった。彼女を守りたい、ずっとともにいてほしいという気持ちは大きくなるばかりだった。
 ナマエは目を見開き、やがて涙を溢れさせた。目元を拭いながら、彼女は「はい」と返事した。
 優しい風が吹き、木々がざわめく。舞い降りた桜の花びらが、ナマエの髪についた。小太郎はそれを取ってあげ、そして泣いている彼女の頭を撫でた。
 大きな桜の木は、二人を祝福するように花弁を散らせた。陽の光を浴びて花びらはきらきらと輝く。空気を読むエリザベスは、二人の後ろでそっとプラカードを立てた。
『末永く、お幸せに!』

前へ 表紙 次へ