かぶき町の中を、原付が走る。乗っているのは銀髪に眼鏡をかけた男だった。男――銀八は、原付を走らせながら、今朝見た夢をぼんやりと浮かべる。
 どんな夢だったかは覚えていないが、が出てきたことは確かだった。いかがわしい夢ではなかったと思う。は五年前に別れた元彼女だった。
 とは高校生の時同級生だった。何においても一番を取り、美人だった彼女は、男にとっては羨望の対象であり、そして手の届かぬ存在だった。彼女と接点のなかった銀八もまた、高嶺の花だと思い、自分とはかけ離れた存在だとして、話しかけたこともなかった。なのに、どうしてかは、自分に告白してきた。問題児として扱われていた自分に、学校一の秀才が告白したのだ。
 は知れば知るほど魅力的な女性だった。一見完璧に見えるが、実は抜けているところ。嘘をつきなれてなく、何事にも正直なところ。真摯に自分と向き合ってくれるところ。
 どうして別れたのかと言えば、それはが研究所に入って忙しくなり、すれ違いが起きてしまったからだった。銀八は別れたくなかったが、から別れを切り出され、男としてそれを飲むしかなかった。
 ――五年前に別れた彼女をまだ引きずってるなんてな。
 銀八は苦笑する。別れたあと、新しい恋をしようと躍起になったこともあったが、誰と付き合ってもと比べてしまい、それを見破られて別れることが多かった。
 交差点を左折し、銀魂高校の校門の中に入る。新八か誰かが開けたのか、校門は開いていた。昇降口付近の駐車場に原付を停め、ヘルメットを脱いでハンドルへ被せる。今日は始業式の前日であり、受け持つクラスの補習だった。冬休み中に補習などやりたくなかったが、校長の命令であれば仕方がない。その分給料アップを飲ませたため、来ない訳にはいかなかった。Z組は皆来てるだろうか、と昇降口へ行く途中で、見知った姿を見つけた。目が合い、柄にもなく心臓が跳ねる。
「あ、こんにちは、坂田先生」
 だった。てっきり嫌な顔をされるかと思いきや、にこやかに挨拶され、銀八は調子が狂ってしまう。
「……おいおい、随分他人行儀じゃねーか、ちゃん。こっちはお前の――」
「――ケツの穴まで見てるってのに、でしょ?」
 言おうとした言葉を口にされ、銀八は驚いた。はこちらの反応を楽しむように笑った。
「……銀八の考えることなんて、すぐにわかるよ」
 やはり調子が狂う。銀八は頭を掻いた。
「そんなエスパーだとは知らなかったな……まだ俺に気があるんじゃねーの?」
 ――おいおい、何を言ってるんだ俺は。
 心の中で焦るも、撤回するのも勿体ない気がして、の出方を見る。は微笑み、言った。
「……だとしたら、どうする?」
 手玉に取られていると思っても、ここで素直にならなければチャンスはないと銀八はわかっていた。
「だとしたら――また、付き合っても……いいけど?」
 中学生じゃあるまいし、随分とかっこ悪い言い方だった。今の言い方はねーだろう、と心の中で頭を抱える銀八だったが、その直球は有効だったらしい。は言った。
「……じゃあ、付き合おっか。もう一度」
「えっ!?」
「私もね、銀八に会いたくなって来たの、今日」
「マジでか……」
 嬉しさと驚きとが混じりあって、呆然としてしまう。が自分に会いに来た? 自分を振ってきたが?
 唐突に鳴った鐘の音で、我に返った。三階の窓が開き、生徒たちが口々にこちらへ叫ぶ。
「先生、もう授業始まってますよ!」
「何ちちくりあってるアルか!」
「ちょっ、誰よその女ァ!?」
 これ以上と話せないと判断して、銀八はに言った。
「悪ィ、今から補習なんだ」
「わかった……また連絡するね」
「……おう」
 銀八は昇降口へ走る。彼女は「また」と言った。との「また」があることが信じられない。
 まだ夢を見ているのではないかと振り返ってみる。やはり白衣を着たがいて、生徒たちににこやかに手を振っていた。その姿に、自然と頬が緩む。自分の好きな、が確かにそこにいた。