目を瞑ると目は合わない

「サンジが好きなの」
思い切って告げた言葉は、確かに彼の耳に入った。けれど心には入っていかなかったようだった。
彼は微笑んで、「ありがとう、おれもクロエちゃんのこと好きだよ」と言った。
「違うよ、私は異性としてサンジが好きなの」
「うん、わかってるよ」
全然わかってない。私がどれだけサンジのことが好きか。全然、まったく、わかってない。
サンジはいつもそうだ。私が何度告白しようと、のらりくらりと躱してしまう。今だって、この話はもう終わりとばかりに、開かれたレシピへその目は落とされている。
「……私が子供だから?」
「えっ?」
「私が12歳だから、サンジは私の告白を受け入れてくれないんでしょう?」
サンジは「うーん」と困った顔をして、それから言った。
「別に受け入れてない訳じゃねェが……今のクロエちゃんと付き合うことは、申し訳ないができねェ。年齢がおれの対象から外れちまうし、何よりクロエちゃんに手を出したなんてクソジジイやらパティやらが知ったらどうなるか……」
サンジは身震いした。
クロエちゃんが素敵な大人のレディになったら、ぜひ付き合いてェと思ってるよ」
「……それって何年後?」
「4年……くれェかな……」
「サンジの恋愛対象は16歳からなのね?」
「……そうだな」
「で、サンジは今15歳だから、サンジが19歳の時に付き合えるって事ね?」
「まァ、うん……そうだな」
「おっけー」
私はテーブルから立ち上がった。今日はお店が休みで、椅子を引く音が大きく聞こえる。
「私、絶対素敵なレディになるから、彼女も作らず待っててね!」
「それは約束できねェな」となんだか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、私はスルーしてその場を去った。彼女がいたらその彼女以上にいい女になればいいだけだ。

いい女になるために、私はまず賢くなることにした。島の図書館から本を借りて、色々な本を読んだ。数字に関する本、物理に関する本、歴史に関する本。私は頭が痛くなっても、それを理解しようと努めた。難しい本を読んでいると、パティとかの他のコックたちに「理解できんのか?」とバカにされたりしたけど、私は負けなかった。サンジへの思いは、それくらいではなくならない。
あらかた本を読み終わると、今度はゼフに頼んで足技を教わった。強いのもいい女の条件だ。ゼフはものすごく渋っていたけれど私が本気で学びたがっていることがわかると折れてくれた。最初は上手く蹴れずすっ転んだりしたけれど、徐々に様になってきた。そして、四年も経つとバットを一蹴りで10本折るほど強くなった。
そう、あれから四年が経ち、私は待望の16歳になった。毎日マッサージをしていたおかげか胸も大きくなり、ウエストもほどよく締まっていて、スタイル抜群だと自分で思う。その証拠に街中で男にナンパされることも増えた。もともとの容姿も良かったので、私はモテにモテた。下心のあるコックは、こっそり私の好きな甘いものを作ってくれた。そして肝心のサンジはというと――。
「……また朝帰り?」
16歳くらいから、女と付き合い始めたらしく、朝帰りをするようになった。たまに顔に手で叩かれた跡があるから、付き合ったり別れたりを繰り返しているのだろう。
「……まァな」
欄干からこちらへ下りたサンジは、私を通り過ぎる。香ったのはバラの香り。また別の女の香り。
「こっちの気持ちも考えてよ……」
ぼそりと言った言葉は意外にも彼の耳に入ったようだった。自分の部屋に入ろうとしていたサンジの足が止まり、こちらを振り返った。
「……もしかして、まだおれのこと好きでいてくれてるのか?」
「好きだよ!」と叫ぶ。
「ずっとずっと好きだよ! だからこうしていい女になったのに、サンジは全然私を見てくれない……」
悔しくて涙が出てくる。サンジは私を抱きしめようとしたけれど、手でそれを阻止した。
「他の女を抱いた手で触らないで!」
サンジは驚いたようだった。私は堪えきれず部屋へ駆けた。サンジのバカ。もうあんな奴は知らない。
その日の夜、自暴自棄になった私は街へ降りようとした。私の初恋は終わったのだ。だったら他の男と過ごしたってどうってことはない。
クロエちゃん」
手すりに手をかけ、降りようとした時、いつの間にか傍にサンジが立っていた。一番見たくない男だ。
「何?」
「……こんな時間にどこ行くんだい?」
「私の勝手でしょ」
「それはそうだが……夜に一人で歩くのは危ねェよ」
どうしてそんなことを言うのか。私は突っぱねた。
「サンジには関係ない!」
階段を駆け下りて陸地に降りる。「クロエちゃん」と呼ばれた気がしたが、もうどうでもよかった。
栄えている街中を歩く。夜の街を歩いたことは今までなく、ギラギラと輝くネオンに引き返したくなったが、ここまで来たからには目的を達成しなければならない。体の線が出る服をわざと着ているおかげで、視線がまとわりついてくる。最初に声をかけてきた男にしよう、と私は決めていた。そうして十分も経たないうちに、声をかけられた。
「お姉さん、綺麗だね。おれと遊ばない?」
茶髪のその男はピアスをしていて、全体的に薄っぺらい印象だった。男なら誰でもよかったので、まあいいかと頷く。「あっちに行こう」と肩を抱かれた瞬間、嫌悪感で肌が粟立った。私は衝動的に男の腕を引き、みぞおちに膝蹴りを入れていた。
「ぐっ……!」
地面にのびている男を見て、私は何をしてるんだろうとふと冷静になった。男なら誰でもいいなんて、そんなのは嘘だ。私が欲しているのは――。
クロエちゃん?」
ぱっと振り返ると、なぜかサンジが立っていた。男を見て戸惑ったような顔をしている。
クロエちゃん、クソジジイから聞いてはいたが、強くなったんだな……」
「……そうよ。いい女になるために強くなったの。なんでサンジがここにいるの?」
クロエちゃんが心配でついてきたんだ。ストーカーみてェな真似してごめん。でもクロエちゃんが他の男とあんなことやこんなことをするのは耐えられねェんだ」
「どうして?」
どきどきとサンジの返答を待つ。彼は首を傾げた。
「……どうしてだろうな。今の彼女がそんなことしてても、正直言えば何も思わねェんだが――まァおれもやってることだからな――でも、クロエちゃんだけは特別なんだ。他の男にクロエちゃんを汚されたくねェと思う」
「……それってさ」
私は思い切って言った。
「私が好きなんじゃないの?」
サンジはぽかんとして、それから首を振った。
「いやいや、クロエちゃんとはガキの頃からの仲で、おれはそんな目でクロエちゃんを見れねェというか、見たくねェというか……」
「でも私が他の男と付き合うのは嫌なんでしょ? 想像してみてよ、サンジと私がキスしたりしてるとこ」
サンジは無言になった。そしてうんうんと頷いた。
「……いいな。それはクソいいな」
「でしょ? サンジは私とキスとかしたいんだよ」
ぐおお、とサンジは頭をがしがしと掻いた。困惑しているようだ。
「でもクロエちゃんはおれの妹のような存在で……でもおれはクロエちゃんを異性として見ていて……ああ、クソジジイにぶっ殺される……!!」
「ゼフのことは大丈夫だよ」
私は適当に言う。私を育ててくれたゼフが、サンジを殺すかはわからないけれど、それとこれとは関係がない。
「サンジのしたいようにすればいいんじゃないかな。私サンジのこと今も好きだし」
ね?と上目遣いでサンジを見上げれば、彼は顔を赤くした。
「……本当にクロエちゃんはいい女になったな」
「でしょ?」と笑えば、サンジはなにやら真剣な顔になった。さっきからくるくると表情が変わって面白い。
「おれ、クロエちゃんが好きだ。今の彼女と別れたら、付き合って欲しい」
「うん!」
ようやくサンジは私の欲しかった言葉をくれた。この女好きが彼氏になれば、色々と手を焼きそうだけれど、それよりも好きの気持ちが勝っていた。サンジが私を抱きしめようとして、私は手で突っ撥ねた。
「彼女と別れてから私に触って!」
「……はい」