ひとりふたり色どり

 海賊船が海軍に狙われるのは普通のことで、他にも海賊狩りや同業者が賞金や財宝目当てに乗り込んでくることは多々ある。その度ララは戦闘員として他の船員と共に戦う。もちろん戦っている間は戦闘に集中するが、たまに骨のない相手と当たった時、周りの戦いぶりを見る余裕ができる。伸びる腕で戦うルフィ、3つの刀を操るゾロ、遠くから援護するウソップ、雷を落とすナミ、相手を薙ぎ払うチョッパー、無数の体を咲かせるロビン、ビームを出すフランキー、奏でるように剣を振るうブルック。そして見る度、惚れ惚れしてしまう相手がいる。
「コンカッセ!!」
 それがサンジだ。長い足を使い敵を蹴り飛ばす彼の姿は彼女と似ている。そう、姉と似ているのだ。姉の方がしなやかさがあるが(ララの目にはそう見える)。
「……というわけで、サンジに蹴りを教えて欲しいの」
 今までもララのちょっとしたお願い――お菓子のリクエストなど――を聞いてくれたサンジだ。きっと二つ返事で引き受けてくれると思いきや、何やら難しい顔をして腕を組んでしまった。
「んー……ララちゃんにはララちゃんの戦い方があるから、おれの蹴りがララちゃんに合ってるかどうか……」
「……姉様と同じこと言うねえ」
 姉にも何度かお願いしたことはあるのだ。その度姉は呆れたように言った。「そなたにはもう、そなたの戦い方があるじゃろう。今更わらわに教えを乞う必要はない」と。
 ララは諦めきれなかった。サンジの力強い蹴りを見て、足技を使いこなしたいという熱が再び湧き上がってきていた。
「でも私、どうしても足技を使ってみたいの。お願い、一回だけでいいから教えて。私はサンジとか姉様と比べると足が短いっていうのは大目に見て……!」
 それはララのコンプレックスでもあった。三人の姉と比べて明らかに背が小さい。アマゾンリリーに帰還してからは努めて牛乳を飲んでいたが、努力は実らず20歳を越えた今、この身長になってしまった。サンジは優しいので、「いやいや、ララちゃんの足は短くないよ」と否定してくれる。
「……一回だけならいいよ。今までそんな経験ないから、おれに教えられるかちょっと不安だが」
 やっぱりサンジは優しい。礼を言うと、「お礼はキスがいいなァ~」とデレデレし始めた。……いやらしいところもあるのがサンジなのだ。

「あらララ、ヒール買ってたの?」
 すぐに女部屋へ行き、前の島で買ったハイヒールにそろそろと足を収めようとしたとき、ドアが開きナミが入ってきた。ぱっとつま先を床に下ろす。
「……うん、そう。姉様に近づけるようにって買ったの」
「ふーん」
 ナミは興味無さそうに相槌を打ち、自分のベッド上にあったカーディガンを取った。ナミはいつも「姉様」というワードが出た瞬間、途端に話の興味をなくす。カーディガンを羽織りながら、「履かないの?」と彼女はヒールを指した。
「ちょっと……姉様の履物と思うと緊張しちゃって」
「ああ、そう。でもお姉さんの靴を実際に履くわけじゃないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ躊躇する理由がないじゃない。案外しっくりくるかもよ」
「そう……だね」
 自信がつき、もう一度、恐る恐るつま先を近づかせる。姉の一部となっていた、憧れのハイヒール。これを履けば姉に近づくと思う一方、畏れ多いという気持ちもある。
 ――私なんかが、履いていいものなの……?
 自問しかけたその時、「焦れったい!」とナミがララの足を強引にヒールに入れた。
「わっ!」
 背が高くなる感覚。右足がヒールにきちんと収まっている。
「は、履いちゃった……」
ララの足にピッタリね! カコカコしないし。ほら、もう片方も履いて」
 言われるがまま左足を入れる。ヒールはララの足を型どったかのように包み込んでくれている。これが姉の履いていたヒール。ブーツとは違う感覚だ。
「すごい……これが姉様の感覚……」
「というか、何でヒールを履こうと思ったの?」
「サンジに足技を教えてもらうから、それなら姉様のようにヒールを履いてやりたいなと思って」
「……へえー」
「ナミ、ありがとう! ナミがいなかったらいつまでも履けなかったよ」
「でしょうね」
 ヒールを鳴らしてみる。ブーツよりも心もとない感覚。けれど見た目はお洒落だ。大人の女になった気がする。
 ナミと部屋を出て甲板に向かう。サンジが煙草をくゆらせながら待ってくれていた。傍らにはどこから持ってきたのか、サンドバッグが転がっている。
「おっ、準備できた?」
「できたよー」
「じゃあやろうか」
 サンジはサンドバッグを持ち上げて立たせた。
「それどうしたの?」
「マリモの奴が何故か持ってたからぶんどってきたんだ……んじゃ、ちょっと蹴ってみて」
 サンドバッグを抱えながら彼は言う。遠慮がちに蹴ると、「おれのことは気にせず本気でやってね」と優しく笑った。
「……じゃあ、遠慮なく」
 思い切り横から蹴る。バチィと大きな音とともにサンドバッグの跳ね返す力が足にかかった。
「お、いいねェ……今度は腰から足を回すイメージでやってみて……そうそう、うん、上手い」
「なんか楽しそうなことやってんなァ!」
「蹴りの練習か?」
 サンドバッグを蹴り続けていると、ルフィたちがやって来た。そばのテラスに座っていたナミが説明すれば、「おれもサンジから教わりてェ!」と目を輝かせている。
「教えるのはララちゃん限定だ。お前らはそこで見てろ」
「ええー」
「ケチ」
 ブツクサ言いながらもルフィたちは芝生に座り込んだ。見られているのは恥ずかしいが、気を散らすのはサンジに失礼なのでララはただ蹴ることに集中する。一蹴りするたびに助言をしてくれるため、徐々に蹴りの精度が上がっていく感覚があった。
「……よし、ちょっとおれとやってみようか。おれは防御するから本気で蹴ってみて」
 言ってサンドバッグを倒したサンジに、ララは眉を下げる。
「えっ、サンジを本気で蹴るなんてできないよ……」
「ぐはっ!!」
 サンジは何故か胸を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
「なんってかわいいんだ、ララちゃんは……!!」
「サ、サンジ?」
「……おいサンジ、ララが引いてるぞ」
 ウソップの声にサンジは身を起こした。
「ごめんごめん、あまりにも可愛すぎて……」
 サンジは深呼吸して息を整えると、言った。
「本気で蹴れないなら、軽くでもいいよ」
「それなら……」
 ララは覇気も使わず緩くサンジの腰元に膝を当てようとした。が、サンジの足がそれを阻んだ。次は少し速く足を動かす。それも阻まれた。
 それもそうか、とララは思う。サンジはゾロと並ぶルフィの両翼。強い相手なのだから、自分の蹴りが当たることなどないのだ。
 ならば、とララは本気を出してみる。武装色を纏い、もっと速く足を動かす。思った通り、サンジは見事に防御した。ドギャギャギャと凄まじい音を出しながら、互いの足を合わせる。きっと周りの目には足が見えていないだろう。知らず知らず口角が上がる。楽しい。九蛇海賊団では姉たちしか張り合える相手はいなかった。ここには自分より強い者がいる。いとも簡単に攻撃をかわす者がいる。肉体的にも精神的にも強くなりたいと願っていたララにとって、最高の環境だった。
 サンジを見る。彼もまた楽しんでいる様子で、微笑んでいた。心が繋がっているようで嬉しい。このまま永遠に続けられる気がしたし、ずっと心を通わせたかった。けれどサンジはご飯を作らなければならないし、と現実が浮かび攻撃を止める。こちらを見ていたルフィたちは、「すげーっ!!」と拍手した。
「目に見えなかったぞ!」
ララ、お前実はキックできてたんじゃ……?」
「できなかったよ、サンジに教わるまでは」
「えー!」
「さすがララとサンジだな!」とルフィは満足気に頷く。さすがおれの仲間だ、という意味も感じて、ララはサンジと目を合わせて笑う。そう、自分は麦わら海賊団の一員。船長を海賊王にするためにも、強くならなければいけない。
「……ありがとう、サンジ。コツつかめた気がする」
「こっちこそ。ララちゃん呑み込み早くて、防御してて楽しかった……こういう触れ合いもいいね」
「うん!」

20220623
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