幼年期

 私は父さんに弟子がいるなんて聞いていないし、それが私と同い年の男の子だなんて知らなかった。
「む、娘!? ジジイに娘なんていたのか!!」
 目の前に立つ金髪の男の子は目を丸くしている。左目が髪で隠されているから、右目しか見えない。眉の先端はぐるぐる巻で、その外見の派手さが父さんと張れるのがなんだか悔しい。私は元々父さんの弟子という立場に嫉妬していた上に、娘「なんて」と言われたこともあって、男の子に嫌な印象を受けた。
「あァ、サラって名前だ……ほら、挨拶しろ」
 だから私は父さんに促されても、むっつりと男の子に返した。
「……サラです。よろしく」
 男の子は私の無愛想な挨拶を気に留めず――もしかしたらそういう人だと思ったのかもしれない――にっこりと笑った。
「おれァサンジだ、よろしくな!」
 男の子――サンジとは違い、父さんは私の不機嫌さを感じ取ったようだった。
「――サラ、こっちに荷物を置け」
 私は再び荷物を持ち、父さんの後をついて部屋を出る。この下宿には二部屋しか部屋がなく、父さんたちは一つを寝室、もう一つをリビングにしているようだった。荷物を床の一番端に置く。寝室の扉を閉めて父さんは言った。
サラ、なんだ今の態度は?」
「……だって、私と同い年の弟子がいるなんて聞いてない」
「だから嫉妬したってのか、ほんとにガキだな」
「ガキだもん。私に会いに来るまで、父さんはサンジとどのくらい一緒にいたの?」
「……二ヶ月くれェだな」
「……ふーん」
 二ヶ月も一緒にいたのか。私の存在を放って海賊をしていたことも許せないけれど、同い年の少年と二ヶ月も一緒にいたことも許せない。どうしてその少年なのか。サンジと共に海賊ができるなら、私をほっとかなくてもよかったのではないか。
「納得してねェ顔だな。言いてェことがあるなら言え、ガキの気持ちはおれにはわからん」
「……サンジと海賊してたなら、私も父さんと海賊してもよかったんじゃないの?」
 そう言えば、父さんはため息をついた。
「……別に、あのガキと海賊してたわけじゃねェよ」
「じゃあ何してたの?」
「それは言えねェ」
「なんで言えないの?」
「大人には色々あるんだ……とにかく、あいつと海賊してた訳じゃねェ。わかったらサンジと仲良くしろ、いいな」
「…………」
 私はむっと父さんを見上げた。これで引き下がると思われているのが癪だった。絶対にサンジと仲良くしてやるものか。私はそう誓った。

 誓ったものの、サンジはなぜか私によく声をかけてくる。決まって父さんがお金を稼ぎに行って、下宿にいないときだ。父さんという逃げ場がない時に声をかけてくる。
「なァ、サラはどんな料理が好きなんだ?」
「……特にない」
 私が本に目を向けながらつれない返事をしても、サンジは「そうか」と笑ってくれる。こんなに無愛想な返事をしているのに、どうして彼は笑えるのだろう。彼の中で私はそういう、ぶっきらぼうな少女として認識されているのだろうか。
「ねえ」
「ん?」
「サンジは何で私に構うの?」
 私は思い切って聞いてみた。無愛想な少女と認識されているのなら、こうして話しかけるのも無謀なのではないか。
 サンジは一瞬きょとんとして、言った。
「友達になりてェからだよ」
「友達?」
「今までおれの周りには同い年の子なんていなかったから、友達を作ってみてェんだ!」
 サンジは目を輝かせて言った。周りに同い年の子がいなかったとは、どういうことだろう。私は今まで親と離れ離れになった子が集まる施設に預けられていたから、同い年の子はたくさんいた。
「……サンジは父さんと会うまではどこにいたの?」
 そう聞くと、サンジは私が反応したことが嬉しいのか、ぴょんと隣の椅子に座って話し出した。
「おれはずっと客船の見習いコックをしてたんだ。周りは大人ばっかでおれは一番下っ端だった……仕方ねェけどな」
 私はまさか、サンジが働いていたとは思わなかったから、「そうなんだ」としか言えなかった。
サラは何してたんだ?」
「私は何もしてないよ。孤児院みたいな施設にずっといたから」
「……母さんとかは?」
「……母さんは私が生まれてすぐに死んじゃったみたい。だから私は施設に預けられた。父さんと一緒に海賊はできないから」
 言いながら、これはチャンスかもしれないと思った。父さんははぐらかしたけれど、サンジは本当のことを教えてくれるかもしれない。私は言った。
「私と会う前は、父さんと一緒に何してたの?」
 サンジは黙った。そしてバツの悪そうな顔で答えた。
「……悪ィ、それは答えられねェ」
「なんで? 父さんと同じこと言うね」
「理由も言えねェんだ。ほんとごめん」
 あまりにも申し訳なさそうに謝るものだから、私の口は勝手にこう返していた。
「いいよ……そんなに答えられないなら、詮索するのもやめる」
 私は本を閉じてテーブルに置いた。昔父さんに買ってもらった本で、もう何回も読んでいるから今読まなくてもいい。
「……さっきの答えだけど」
 空気を変えるために、私はサンジに笑った。もうサンジに対する嫉妬はなかった。仲良くしたくないという気持ちも自然となくなっていた。
「私、ハンバーグが好きだよ」
 その日の夜はサンジが張り切ってハンバーグを作ってくれた。材料は父さんが買ってきてくれて、サンジは父さんのエプロンを付けて肉を捏ね、両面をしっかり焼き、グラッセとともに丁寧に盛り付けてくれた。料理している最中のサンジは楽しそうで、本当に料理が好きなのだとわかった。味は父さんのに比べたらまだまだだけれど、サンジの愛情が詰まったハンバーグは美味しかった。

 本を買ってやると父さんが言ったのは、私がぼろぼろになってしまった本を読み返している時だった。諳んじてしまうくらいに読み込んでいたから、私は新しい物語が読めることが嬉しかった。お姫様はもう何度も怪物に攫われては、王子様に助けられている。
 父さんは仕事が休みだったらしく、私は父さんとサンジと一緒に島の中央街にやってきた。透き通った青空が広がり、時折心地よいそよ風が吹く。秋島の秋だ。私はぐうっと伸びをした。
「ん〜、良い天気!」
「だなァ」
「人多いからお前ら迷子なんかになるなよ」
「はあい」と返事して父さんの後をついて行く。父さんはこの街にもう馴染んでいるらしく、すんなり本屋にたどり着いた。新品の本がこれでもかと本棚に詰められて、全ての本が私に読まれるのを待っているような気がした。
「ほら、好きなの選べ」
「やった!」
 私は勢いよく中に入ろうとした。けれど、サンジがついてこないのを不思議に思って立ち止まった。
「サンジは入らないの?」
「……チビナス、お前にも買ってやるから選べ」
 父さんがサンジにそう言うと、サンジは一瞬驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「ありがとう!!」
 私たちは一緒に本屋へ入った。中には色々な本があって目移りしてしまう。立ち読みしている大人たちを縫って歩く。
「……サンジは本好き?」
「あァ、好きだ。レシピも好きだし伝記なんかも読む……サラはどんな本が好きなんだ?」
「私は小説かなあ。現実から離れられるから」
 そう何となく言うと、サンジはぎょっとしたように私を見た。
「なんかお前、達観してんなァ……大丈夫か?」
「大丈夫だよ、今は満足してるから」
 そう軽く返せば、「そうか」とサンジは複雑な顔をした。
「あ、これなんかいいかも!」
 私はサンジを気にせず平積みされた本を手に取った。タイトルは「働き女王とぐうたら家来」。女王と家来が冒険していく話のようで、分厚いから長く楽しめそうだ。これに決めた、と本を抱える。
 しばらくしてサンジもまた本を決めた。様々な伝説を集めた本のようだ。
 父さんの所へ戻って、買ってくださいと本を渡す。会計が終わり、本は私のものになった。
 本を抱えながら道を歩く。父さんは昼はどっかで食べるぞと言って、良いレストランを探している。私はその背中に呼びかけた。
「……父さん」
「なんだ?」
「これからも本、買ってくれる……?」
 もう私から離れないかを問いかける。父さんは前を向いたまま、フンと鼻を鳴らして言った。
「……買ってやるに決まってるだろ」
 私は嬉しくて、その背中に抱きついた。
「ありがとう、父さん!」
「やめろ! 人通りが多いだろうが」
 照れているのか私を離そうとする。後ろにいるサンジと目が合って、どちらともなく笑った。
 父さんの選んだレストランへ入る。さすがというべきか、その料理は美味しかった(父さんのと比べたらまだまだだけれど)。舌鼓を打ちながら話し、話題は今買った本になった。
「……サラは何の本を買ったんだ?」
「小説だよ。ぐうたらな家来と一緒に旅する女王の話。サンジは伝説が詰め合わさってるやつだよね!」
 サンジはフォークを止めて話した。
「あァ、オールブルーのことが書いてあったから選んだんだ」
「オールブルーって?」
「世界中の海の生き物がいるっていう海さ。おれは一度でいいから見てみてェんだ!」
 サンジは楽しそうに話す。
「へえ、見れるといいね!」
「……サラはそんな海があるって信じるのか?」
「うん。だって世界は広いもの、ねえ父さん」
 父さんはスープを飲みながら言った。
「あァ、この世界はおれらの知らねェことが沢山ある。海賊する前は想像もしなかったことが、当たり前に起きてた」
「例えばどんなこと?」
 わくわくして尋ねたのに、父さんは首を振った。
「そいつァ教えられねェ。知りたければ自分の目で確かめるんだな」
「やだよ、父さんの傍離れたくない!」
 そう言えば、父さんは鼻で笑った。
「いずれ親離れしてもらわねェと困るな……チビナス、お前はどうする? 自分で確かめに行くか? オールブルーがあるかどうかを」
「おれは……」
 サンジは考えるように眉根を寄せた。それから言った。
「行かねェ。だって怖ェもん」
 あんなに目を輝かせてオールブルーの話をしていたのに、今は行かないと言う。明らかに変だった。父さんに対して何か、遠慮しているような気がした。
「サンジ……」
 私はそのことを追求しようとしたけれど、ちょうど父さんが「そうか」と相槌を打ったからタイミングを逃して言えなかった――この二人には何かありそうだ。

 秋島の冬が来た。もともと涼しかった島だから、冬はとても寒くなった。私は基本的に暖房の前で本を読んでいるか、サンジに誘われて雪合戦をするか、サンジと一緒にお菓子を作るかのどれかをして過ごした。夜は父さんの体温でぬくぬくと眠ることができた。ベッドはふたつしかないから、私は父さんと同じベッドで寝ていた。父さんもあたたかいらしく、たまに私は抱きしめられた。だから私は、どの季節よりも冬が好きだと思った。けれど、体温を求めていたのは私だけではないようだった。
 ある夜の事だった。
「……ごめ……なさい……」
 うめき声に私は目を覚ました。その声は隣のベッドから聞こえてくる。泣きそうで心細そうな、誰かに懇願するような声だった。
「ごめん……さい……」
「サ――」
「そっとしておけ」
 耳元で囁かれ、私は驚いた。いつの間にか父さんは起きていた。
「たまにああなるんだ。夢にうなされてるんだろう」
「…………」
 父さんは前から気づいていたのか。私は苦しそうなその声を聞くのが辛かったから、ゆっくりと父さんのベッドを出て、サンジのベッドへ入った。起こさないようにそっと同じ布団に入る。肩が触れ合ったものの、サンジは起きなかった。呻き声も聞こえない。たぶんあたたかくなったから安心したのだろう。私もまたほっとして目を閉じた。父さんに抱きしめられるのもいいけれど、こうして二人並んで眠るのもあたたかくていい。
「――サラ?」
 私を呼ぶ声で、目を覚ました。隣でサンジが身を起こして、怪訝そうにこちらを見ている。
「……サンジ、おはよう」
「おはよう……なんでサラがここで寝てんだ?」
 私もまた身を起こして言った。
「父さんと寝るのもいいけど、たまにはサンジとも寝てみようと思って……どうだった? あったかかったでしょ?」
 サンジは「……まあ」と照れたように頬をかいた。「でしょ!」と私は笑って言った。
「これからは時々サンジと一緒に寝ようかな」
「……おれはいいけど、クソジジイが寂しがるんじゃねェか?」
「何言いやがる。勝手に寝てろ」
 隣のベッドで義足を履いている父さんは言う。素直じゃないなあと思ったけれど、言えば叩かれそうだからやめた。

 長い冬の期間がすぎて、春の兆しが見える三月の末。父さんが船大工に依頼していた海上レストランが完成した。
「すげーな、クソジジイ! これが海上レストランか!!」
 サンジが両手を広げて言うと、父さんは頷いた。
「そうさ、宝全部つぎ込んでも赤字だった。これから忙しくなるぜ!」
「大丈夫さ、おれがいるんだ!!」
 私は何も言わずに船を見上げた。大きな魚の船首に、側面にはバラティエと書かれている。父さんの夢は海上にレストランを作ること。私が父さんと別れる前、そんな夢を父さんが話していたのを覚えている。
「……おい、何泣いてんだ?」
「え?」
 私は頬を拭った。濡れた感触。いつの間にか私は泣いていた。
「え、何でだろう……なんか嬉しくて……父さんの夢に今立ち会ってることが」
 父さんとはもう二度と会えないと、何度思ったことだろう。何年経っても迎えに来ない父さん。私はもう忘れられているのだと思っていた。けれどそれは違った。父さんは私を覚えていたし、迎えに来てくれた。だからこうして父さんの夢に立ち会えている。
 父さんに抱き寄せられる。私はその腕の中で思い切り泣いた。
 働かざる者食うべからずの精神で、父さんは私たちに仕事を与えた。私はウエイトレスを、サンジはコックを。サンジはずっとコックをしていたけれど、私はウエイトレスなんて初めてだったから不安で仕方なかった。
「ねえねえ、もう一回やるよ!」
「……あァ」
「いらっしゃいませ、お客様」
 お辞儀は三十度。これは実際にサンジに計ってもらって練習したから自信がある。
「何名様ですか?」
「……二人だ」
「二名様ですね、こちらのテーブルへどうぞ」
 手のひらでテーブルを指し示しながら言う。お客様が座ったらメニューをそっと置く。
「メニューが決まりましたらお呼びくださいませ」
 そしてまたお辞儀三十度。メニューを決めるタイミングを計らい、水とおしぼりを持っていく。
「お決まりでしょうか?」
「……あァ。アクアパッツァと魚介リゾットを一つずつと、カルパッチョを」
「はい。復唱致します! アクアパッツァ一つ、魚介リゾット一つ、カルパッチョ一つですね」
「あァ」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
 メニューを下げ、厨房へオーダーする。
「アクアパッツァ、魚介リゾット、カルパッチョ一つずつ!」
 くるりと父さんたちを振り返る。二人ともなんだか疲れたような顔をしていた。
「ど、どうです?」
「百点だよ、サラ、百点だ! だからもうやめよう」
「父さんは?」
「あァ、百点だ」
 何となく二人ともなおざりだ。それだけ二人を練習に付き合わせてしまっているからなのだが。
「明日もこんな感じで行けば大丈夫?」
「大丈夫だ」
「もう明日か〜、楽しみだな!」
「お前は皿を割らねェことだけ考えろ、チビナス」
「な、なんだとクソジジイ!!」
 サンジは練習で一度皿を割っていた。私も気をつけないと、と気を引きしめる。明日は練習ではなく本番。そしてその本番はこれからずっと行われる。
 本番の接客はすぐにやってきた。噂を聞き付けた人々が、開店前から並んでいたのだ。父さんとサンジとで扉を開けて、お客様へ挨拶する。
「いらっしゃいませ、どうぞ!」
 それからはてんてこ舞いだった。お客様を案内して、メニューを取って、オーダーして、また案内して……と続き、お辞儀の角度まで気を配っている時間はなかった。厨房も大忙しのようで、父さんの怒鳴り声がたまに聞こえてきた。お客様に聞かれるのはまずいのではと思ったものの、そもそも元海賊が開いた店だ。柄の悪さには目を瞑ってもらおう。
 最初の日は何が何だか分からないうちに終わったけれど、その次の週からは徐々に丁寧な接客を意識して行えるようになった。何事も慣れである。ただサンジは若くて綺麗な女性に弱いようで、たまに目をハートにして皿を割ったりしていた。その都度「チビナス〜!!」と父さんは怒って蹴ったりするのだが――これがとても痛そうなので私はヘマしないように頑張っている――その癖は生まれつきのもので治らないようだった。
「なんでサンジは女の人が好きなの?」
 ある時の昼休みにそう聞いてみた。サンジは答えた。
「人って、生まれた時から性別があるだろ?」
「うん」
「おれは男に生まれた。だから女が好きなんだ!」
「どーん」と効果音がつきそうなくらいドヤ顔で言われて、私は一瞬納得しそうになった。
「でも男でも、男が好きな人もいるよ?」
「……まあ、そうだな」
「それにサンジの女好きは異常だよ! 普通可愛い人がいても目をハートになんてしないよ、心の中で可愛いなと思って、それで終わりだよ!」
「……じゃあサラはかっこいい人が来ても、かっこいいなと思って終わるのか?」
「終わるよ」
「うーん」
 サンジは腕を組んだ。
「おれは人との出会いは一期一会だと考えてる」
「うん」
「だからおれは全力でその人の記憶に残りたい。可愛い、綺麗な人の記憶にできるだけ残りてェ。だからアピールするんだ」
「でも仕事で失敗したらダメでしょ?」
「うっ」
「サンジの考えはわかるよ、けど仕事に支障出るならやめた方がいいよ。父さんの蹴りは痛いでしょ?」
「そうだけど……おれはおれのポリシーを貫きてェんだ!!」
 かっこよさげなことを言っているけれどそのポリシーは全然かっこよくはない。私はサンジを説得するのを諦めた。これはもう病気に近い。多分一生治らない病気。
「コックの仕事はだいぶ慣れた?」
「……まだまだだ、いっつもダメ出しされてる。速さも味も」
 サンジは低く言った。職人の世界は決して甘いものではない。一朝一夕で身につくものではないのだ。
「大丈夫だよ。サンジの作る料理もお菓子も美味しいし、そのうち父さんも認めてくれる」
「へへ……ありがとな、サラサラがいてくれてよかった」
「こっちこそ、サンジがいてくれてよかったよ」
「……最初はあんな無愛想だったくせに」
「はは、ごめんごめん」
 次の週には父さんが人手が足りんと言ったので、皆でビラを作って街中に貼り付けた。柄の悪い人のもとにはやはり柄の悪い人が集まるらしく、おうおうとやってきたのは悪趣味な柄のシャツを着て、サングラスをかけた人達だった。
「赫足のゼフがやってるレストランってここか?」
「『クソコック募集』ってのは本当だろうな!?」
 雇われる側なのになぜか偉そうなその人たちは、パティ、カルネと名乗った。ガタイのいい方がパティ、サングラスの方がカルネと言うらしい。様子を見れば見るほどただのチンピラで、コックに向いていなさそうだが、休みの日に来てくれただけ空気を読んでくれていると言えなくもない。
 父さんの面接の結果、二人はコックとして採用されることになった。
「なんで採用したの、ただのチンピラじゃん!」
 やる気を出している二人に聞こえないよう、こっそり父さんに耳打ちすると、父さんは言った。
「料理はこれからおれが教える。おれについてくる根性はあるようだったから採用だ……レストランに来るのは一般客だけじゃねェしな」
「サンジはいいの?」
「おれは手一杯だったから、人が増えるのは賛成だな」
 二人とも賛成なのか。私は目眩がした。こんな人たちを採用したら、これからもっとチンピラが増えてしまう。一応、一流レストランを謳っているというのに。
 私の予想は当たった。パティ、カルネとほぼ変わらないようなチンピラがどんどん店を訪れては、おれを採用しろと言う。そして父さんはほとんどの人を採用してしまう。その分海賊とか悪い奴らが来た時に戦えるコックは増えたものの、私は風紀が悪くなることが耐えられなかった。
「ねえ、女のコックさんは雇わないの?」
 せめて同じ女性がいれば、この風紀も少しは良くなるかもしれない。そう思い父さんに言えば、サンジが反応した。
「おっ、それ賛成! 女も雇おうぜ!!」
「女!! 女!!」
 パティ、カルネと混じって女コールをする。父さんは「黙れ、女のコックなぞいらねェ!!」とばっさり言った。
「え――!!」
「なんで?」
「おれァ何でも蹴りでしつける質なんだ。女相手じゃそれができねェ」
「何で、わからねェ女は蹴りゃいいじゃん!!」
 私はサンジの言葉に眉をひそめた。そんなことを思っていたのか。案の定父さんに頭を叩かれた。
「男は女を蹴っちゃならねェ、そんな事ァ恐竜の時代から決まってんだ!! いいか、人間としてならいくらでも間違え!! だが男の道を踏み外した時ァ、てめェの金玉を切り落とし、このおれも首を切る!!」
「えー、何で!? ジジイまで……」
「それが親の落とし前ってもんだ! バカめ、おれの嫌いな人間にゃなるなよ。さァ仕事に戻れ!!」
 父さんははっきりと自分を「親」と言った。サンジは少し涙ぐんでいた。
 それはそれでよかったとして、女性を雇わないのは納得いかない。厨房に戻る父さんを追いかける。
「ねえねえ、女のウエイトレスは雇わないの?」
「雇わねェ。お前がいるだろ」
「……私、同性の仕事仲間が欲しいな〜」
 そう言ってみたものの、父さんは魚を捌く手を止めなかった。
「お前みてェなガキならまだしも、大人の女が入ってきたらあいつらが盛るだろうが。それに、このむさ苦しいところに入ってくる女もいねェだろう。諦めろ」
「……盛るって何?」
「発情するってことだ……お前も気をつけろよ」
「何が?」
「今は大丈夫かもしれねェが、これからお前を狙う輩が出てくるかもしれねェ。ちゃんと見極めろよ」
 私はなんだか大事なことを言われた気がして、父さんを見上げた。父さんは相変わらず綺麗に魚を捌いている。
「……私の男を見る目は確かだよ!」
「どうだかな」
 父さんは鼻で笑った。その日が来るなんて今は想像がつかない。いつまでも来ずに、父さんといられたらいいのに。

「戦う海のコック」がいるレストランは、父さんの作る料理の美味しさが口コミで広がり、ますます盛況になった。私はもうお辞儀や挨拶が板につくほど、この仕事にも慣れた。休みの日は仕入れの船に乗せてもらって、近くの島の街を歩いたり、本を買ったりしていた。ある日、カルネとサンジとで船に乗せてもらった私は、お小遣いで本を買ったあと、ある店の前でサンジが何か小さな箱を買うのを見た。
「……何それ?」
「うおっ!?」
 にゅっと傍に行ったからか、サンジは肩を揺らした。
サラか! 驚かすな!!」
「別に驚かしてはないよ。何買ったの?」
 その手にあるものを見る。四角い小さな紙の箱。これは――。
「まさか、タバコ?」
 サンジは気まずそうに頷いた。
「やめなよ、タバコなんて!! サンジはコックでしょ?」
「……舌に悪いのは知ってる。でもおれはこれを吸って大人になりてェんだ!!」
「……え?」
 サンジの言葉の意味がわからず聞き返すと、サンジはこう言った。
「ジジイはおれをガキ扱いするだろ? だからこれを吸って見返してェんだ!」
「サンジも私も子供だからそういう扱いなんでしょ、当たり前じゃん。それにタバコ吸ったからって大人になんかなれないよ」
 サンジは私の正論を聞かなかった。わざわざ店に帰って、父さんのいる前でタバコを吸ってみせた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ」
 むせるサンジに荷降ろししていた父さんは言う。
「やめとけ、タバコなんざ。舌が狂うぜ」
「クソジジイ……!」
 サンジは父さんに見せつけるようにタバコを咥え、そしてそのまま笑ってみせた。
「へへ……大人だろ?」
「……フン、そうやって大人ぶるところがガキだな」
「何だと……!」
 サンジはずっと大人の多い世界にいたから、父さんに子供扱いされるのが嫌なのだろうと私は分析した。そしてタバコもこの一度で終わるだろうと思っていたのに、サンジは諦めなかったようで、徐々にタバコを吸う姿が様になっていった。今はもう、むせる子供のサンジはいない。あれから五年が経ち、私たちは少し大人に近くなった。