終わらない物語
セブルスには欲しい本があった。
それは例に漏れず闇魔術に関する本で、禁書の棚にあった。夜に忍び込むことも考えたが、リスクを考えるとその勇気が湧かなかった。仲間たちに言って協力してもらおうかとも考えた。ただ見つかったら一人で忍び込む時よりも大失点を食らうことは目に見えていたので巻き込めなかった。
結果としてセブルスはその本を諦めざるを得ない状況にあった。知的好奇心は理性には勝てなかった。このまま諦めようかと思い始めた時、その本は目の前に現れた。
「これ、いる?」
昼食を食べ終え、セブルスは仲間たちとは別れて図書室へ向かおうとしていた。その途中で突然声を掛けられた。レイブンクローの覚えのない女生徒が、欲しくてやまない本をカバンから取り出していた。驚きで何も言えないセブルスに、女生徒は言った。
「いるの? いらないの?」
「……いや、いる」
本は自分の手に渡った。ずっしりとした本の重みに現実なのだと自覚する。確かに欲しかった本だ。
「これどうしたんだ? どうやって取ってきた? そもそもどうして僕がこれを欲しいとわかった?」
誰にも言っていないはずだった。仲間に言っていたとしても、レイブンクロー生には漏れないだろう。その女生徒は不敵に笑った。
「夜中に侵入して取ってきたの。あなたがこの本を欲しがってるのは前からわかってた。だって私は心が読めるから」
「心が読める? 開心術でも使ったのか?」
「生まれつき開心術が使えるの。これはあんまり言いふらしてほしくないんだけど」
一部そういう人もいるとは知っていたが、まさかホグワーツにもそんな存在がいるとは思っていなかった。
「で、あなたに本をあげる代わりに条件があるの」
「条件?」
「私に閉心術を教えて欲しい」
思いがけない条件にセブルスは面食らった。
「なんで僕が閉心術を使えると思ったんだ? 今まで閉心術なんてやったことがないが」
女生徒はまじまじとこちらを見た。
「ほんとに? じゃああなたも生まれつきなのね。あなたの心を読むのが一番困難だったの」
「……僕が閉心術を教えられるとは思えない」
「じゃあ私に開心術をかけてよ。それだけでいい。そうすれば私は自然と閉心術ができるようになる」
「なんでそこまでして閉心術を習得したいんだ?」
「私の心を誰かに読まれるのが嫌なの……あ、私は皆の心を読むくせにと思ったでしょ」
女生徒はくすくすと笑った。セブルスはげんなりした。自分の心が読まれるのはいい気分ではない。
「みんなの心を読んでるうちに、私も開心術を誰かにかけられたら心が読まれることがこわくなったの。せめて私の心は守りたい。だからあなたに頼むの」
「……断れば本は僕のものにならないんだろ?」
「そうよ」とわかりきってるでしょ? とでも言うように女生徒は頷いた。
「じゃあ僕に拒否権はない」
「やってくれるの?」
「……ああ」仕方なく頷く。
「やった!」
女生徒は目を輝かせた。
「私、ナマエ・ミョウジっていうの。あなたの一個下。あなたはセブルス・スネイプでしょ?」
「そうだが……なぜ名前を知っている?」
「心が読めない人だから、興味を持って調べてたの。グリフィンドールの人たちはあなたを嫌なあだ名で呼ぶけど、私はいい名前だと思う」
名前を褒められるとは思わなかったため、セブルスは驚き、そして妙に恥ずかしくなった。「ありがとう」と呟くように言う。
「そうと決まったら、今日から夕食後に地下の空き教室で練習しましょ。予定なんかは入ってる?」
「いや、入ってない」
「じゃ、決まり! 地下でまた会いましょう、それじゃ」
ミョウジは嵐のように過ぎ去っていった。
ミョウジの閉心術を習得したい理由は不可思議だが――というよりあまりにも自己本位だ――欲しいものは手に入ったので、付き合ってあげてもいいかとセブルスは思ったのだった。
その日の夕食後、セブルスは約束通り地下の空き教室に行った。すでにミョウジは中におり、入ってきたセブルスに手を振った。
「来てくれてありがとう! 私ここに座るから、開心術をかけてみて」
机から椅子を引き出し、壁際に移動させるとミョウジは座った。彼女は集中するように目を閉じている。セブルスは躊躇しながらも、それが約束なので杖を振った。
「……レジリメンス」
瞬間、ミョウジの記憶が目の前に現れる。
幼い子供がドレッサーに座る女性にファンデーションを掲げている。女性は引きつった顔を隠さず、あろう事か子供に手をあげた。頬を叩かれた子供は泣きわめく。その声を聞き付けたのか、父親と思しき男性が駆けつける……。
セブルスは思わず杖を下ろした。
「今のは……?」
ミョウジは冷静な表情で言った。
「私の母と父よ。母は私の能力が嫌いだった。こわがってたの。私が原因で両親は離婚した……」
「……そうだったのか」
「私はね、時々生まれて来なければ良かったんだって思うの。私がこんな能力を持って生まれてしまったから、母は私を愛してくれなかったし、結果的に離婚した……私は私が嫌いだし、いなくなればいいとも思ってる。この自分の弱さを誰にも知られないようにしたくて、今こうして閉心術を習得しようとしてる」
セブルスは何も言えなかった。ミョウジは強くあろうとしている。その凛とした姿勢に感服すら覚える。
ミョウジの母はセブルスの父と重なるところがあったが、セブルスはそれを知らせる気はなかった。
「……ほら、もう一回やって」
催促され再び杖を向ける。それからの記憶も、すべて似たようなものだった。同い年の子供に怖がられ、ある時は暴力を揮われる――「エクスペリアームス!」
ミョウジの声に現実が戻ってきた。目の前の彼女は必死な顔で杖をかまえていた。術が解けたとわかり、ミョウジはほっとしたように腰を下ろす。
「……人に自分の記憶を見られるのは良い気がしないわね」
「……今更だが、僕は君の全てを見ることになる。それについては大丈夫なのか?」
「大丈夫よ」とミョウジは疲れたような笑みを見せた。
「私あなたを信頼してるもの。あなたは誰にも言わないってわかる。私が開心術を常時使えることも、私の過去のことも」
「……なぜそんなに僕を信頼出来る?」
「あなたは私と似てる気がするから。あなたの過去は見ようとしても見えないけど……なんとなく似てると思う」
それはセブルスも感じていたことだった。ミョウジの境遇と重なる部分がある。
それからもう一度術をかけ、それをミョウジが跳ね返しその日の練習は終わった。
次の日の練習では、ミョウジは杖を使わず術をやめさせることに成功した。この分では今週中に閉心術を習得できそうだ。
翌日、セブルスが闇魔術に対する防衛術の教室へ歩いていると、後ろから声をかけられた。
「セブルス!」
振り返るとミョウジがこちらに走ってくる。
「防衛術の授業に行くの?」
「そうだが……何か用か?」
「ううん、特に何も。私もあっちの塔に用があるから」
一緒に行こうということか。セブルスは拒む理由はなかったため、共に歩き出した。幸いミョウジは半純血でありマグル生まれではないため、仲間に一緒にいるところを見られても問題はない。
「今日は私、セブルスに記憶を見せずに終えてみせるわ」
「そうか……あ」
セブルスは向かいからリリーが歩いてくることに気づいた。リリーは自分の隣に女子がいることに驚いたようだったが、それには触れずに手を振ってきた。
「おはよう、セブルス」
「……ああ、おはよう」
すれ違い、セブルスは立ち止まってリリーの後ろ姿を追う。誤解させただろうか――「……セブルス、あの人がすきなのね」
はっとしてミョウジを見る。彼女はにやにやと嬉しそうにしている。
「付き合っちゃえばいいのに!」
「いや、リリーは僕を友達と思ってるから……」
「そんなことないわ」
ミョウジは断言した。
「あの人、セブルスの隣に私がいることに動揺してた。セブルス、脈ありよ、絶対」
そうなのだろうか。きっとミョウジが言うからにはそうなのだろう。だがリリーに告白など――できない。穢れた血と付き合えば、仲間達がどう思うか。
考えるセブルスの前に、ずいとミョウジが顔を寄せた。思わず仰け反る。
「ごちゃごちゃ考えない! 想いあってるんだから、何も考えず告白すればいいのよ。後悔するわよ?」
「いや――学校を卒業する時に告白する」
「……ふーん」
ミョウジの言う「後悔」は意外と早くやってきた。その次の日のOWLの休み時間に、セブルスは絶対に言ってはならない一言をリリーに言ってしまった。ファットレディの前で謝ったものの、リリーは許してはくれなかった。二人の仲は決裂してしまったのだった。
あまりのショックに、ミョウジの練習に付き合う気もなくなり、「もうやめよう」と彼女に言った。ミョウジはすべてわかっているというような顔で了承した。初めてその顔を憎らしく思った。去り際、ミョウジはこんなことを言った。
「……このまま闇の魔術に没頭しても、あの人の心は帰ってこないわよ」
セブルスはその言葉を無視した。リリーの心が戻ってくることを信じて、闇魔術に没頭した。結果、セブルスはデスイーターになった。
二
ナマエがセブルスと再会したのは、ナマエがホグワーツを卒業して三年後の事だった。
「こちらがセブルス・スネイプ先生じゃ。スリザリンの寮監兼魔法薬学の教授になる。セブルス、挨拶を」
セブルスがホグワーツの教師になることを、他の教師たちは猛反対した。ダンブルドアは彼らの意見を取り合わなかった。ただセブルスは味方だと、心変わりしたのだとそう断言した。変わらないダンブルドアの意思に教師たちは諦めた。結果、こうして目の前にセブルスが立っている。
「……教師という仕事は初めてですが、自分なりにやっていきたいと思っています。よろしくお願いします」
セブルスは静かに言った。まばらな拍手が起こる。「それでは解散」とダンブルドアが言ったのを機に、教師たちはぱらぱらと教員室を出ていった。ナマエはダンブルドアが部屋を出ていくのを確認し、そっとセブルスに近づいた。
「……久しぶりね、セブルス」
「……ミョウジか?」
「そう」
「ホグワーツで働いてるのか?」
「うん、ヒーラーとしてマダム・ポンフリーの手伝いしてる」
セブルスは怪訝そうに眉を顰めたが、何も言わなかった。
「……魔法薬学の教室は知ってる?」
「忘れてなどいない」
「なら案内は大丈夫ね……たまに顔だしてもいい?」
せっかく旧友が同僚になったのだから、くだけた話もしたい。セブルスは鼻で笑ったが、拒絶はしなかった。
新学期が始まり、しばらく経った頃、ナマエは夕食後にセブルスの研究室を訪れた。ドアを開けたセブルスは驚いたような顔をしていた。
「……本当に来たのか」
「私はこうと決めたら行動する人間なの。座っても?」
「ああ」
部屋の中央にあるソファに腰掛ける。セブルスは向かいに座った。
「さっき厨房に行ってワインを貰って来たの。飲みましょ」
セブルスは呆れた顔をしていたが、杖を振ってグラスを二つ出した。同時にもらってきたおつまみのクラッカーを広げる。グラスにワインを注ぎ、掲げる。
「じゃあ、乾杯」
「……乾杯」
杯を合わせて飲む。特別な日でない限りお酒を飲めないため、喉にひりつくアルコールの感覚を新鮮に思う。
「……セブルスがデスイーターになって、きっと変わってしまったんだろうなと思ってたけど、変わってなくてよかった。今も昔も同じく落ち着いてるわ」
「野蛮な奴はいたが、私は染まらなかった。理性的だからな」
「ふふ、そう」
「……君は卒業後もずっとホグワーツにいたのか?」
「うん、ヒーラーとして騎士団のみんなの怪我とかを治してた。心を読んで痛い箇所を見つけてケアするんだけど、それで初めて私の存在意義が認められたような気がして……もちろんオーラーになることも考えたけど、あなたとは戦いたくはなかったから」
「……そうか」
セブルスはグラスを片手に黙ってしまった。ナマエはもう一口飲む。これを言うかは迷ったが、酒のせいにして言ってしまおう。
「……セブルス、あなたは今悲しみの中にいるでしょう?」
セブルスははっとこちらを見た。それから苦い顔で言った。
「開心術でも使ったのか?」
「ううん、あなたの閉心術はますます強固になってるから見れないわ。ただ、何となくわかる……その理由も」
セブルスは何も言わなかった。それでもナマエは続ける。
「……私はあなたの悲しみを取り除きたいと思ってる。ヒーラーとして、友人として――心の傷は治せないかもしれないけれど、私はなるべくあなたを癒やしたい」
セブルスは鼻で笑った。
「おせっかいだな、私は君に助けを求めるほど弱くはない」
その反応は予想していたものだった。
「確かにあなたは弱くないわ。これは私のエゴよ……私がそう思ってることをあなたに知って欲しかったの……それだけ」
誤魔化すようにクラッカーを食べる。セブルスは押し黙っている。言わなければよかっただろうかと思い始めた頃、セブルスが口を開いた。
「……私が悲しみに暮れているとして、どうやってそれを取り除く気だ?」
ナマエは迷いながらも話した。
「……一つだけ人を癒やすための呪文があるの、ただそれはその人の身体と接しているときにしか発動しない」
そう言うとセブルスは立ち上がり、ナマエの隣に移動してきた。もう酔っているのだろうか。
「試しにやってみろ」
セブルスの真意を見ようとしたが、変わらず閉ざされている。
ナマエは差し出された手を握った。大きな骨ばった手だ。意外なあたたかさに驚きながらもしっかりと手を繋ぎ、唱える。瞬間緑の鮮やかな光が繋がった手から彼の心臓へと過ぎり、輝いたと思えば消えた。
「……どう?」
セブルスは手を離し、心臓の辺りを擦りながら答えた。
「……確かに、気が楽になった気がするな」
「それはよかった……」
「これは相手と接する面が大きいほど効果がある魔法だろう?」
ナマエは驚いた。それは言わないでおこうと思っていたのに、セブルスはあっさり見破ってしまった。
「……そうよ」
肯定するとセブルスは頷いただけで、それ以上の要求はしなかった。
「……そして中毒になる可能性も高い、もう一度あの感覚を欲している自分がいる」
「そう、これを施すと何度も要求してくる患者もいる……あなたなら大丈夫だと思ったけどやっぱりダメそうね」
セブルスのような強い人間なら大丈夫だろうと勝手に思っていたが、それほどこの術の効果は劇的なものらしい。セブルスは考えているようだったが、やがて言った。
「……君が良ければ、たまにここに来て私にその術を唱えて欲しい」
ナマエはほっとして笑った。
「いいわ、たまに顔を出す。けど頻度は多くはしないわ。中毒になったら困るから」
それからは三ヶ月に一度、セブルスの研究室を訪れては雑談し、最後に術をかけた。セブルスはそれ以上の頻度を要求しなかったし、もっと強い効果を望むこともなかった。
それが変わったのが、その翌年のハロウィンの日のことだった。
ダンブルドアが開催したハロウィンパーティーが終わり、ナマエはセブルスの元を訪れた。ハロウィンの日が三ヶ月周期のその日に当たっていた。ノックをせず静かにドアを開ければ、セブルスは花瓶に花を活けているところだった。それは一本の百合の花だった。
セブルスも油断していたのだろう。瞬間、セブルスの記憶が押し寄せてきた。
公園らしきところの木の下で、セブルスと思しき子供とリリーらしき子供が話している。会話の内容は魔法界に関することだった。セブルスはリリーにホグワーツについて教えている――「……やめろ」
気づけば眼前に大人になったセブルスが迫っていた。記憶を見られたことを怒っているのだ。
「ごめんなさい、ノックもせず――」
「ここに入るときはノックしろ。さもなくば――なぜ泣いている?」
セブルスの困惑した声で自分が泣いていることに気づいた。鼻を啜って言う。
「あなたのリリーへの深い愛が伝わってきたから……同時にその最愛の人を亡くした悲しみも押し寄せてきた。セブルス、あなたはこんな苦しみの中で生きているのね……!」
ナマエは思わず目の前にいるセブルスを抱きしめていた。セブルスは驚いたようだったが離そうとはしなかった。
しばらくそうしていたが、ナマエは冷静になり、セブルスから離れた。感情に任せて抱きしめてしまったことに、気恥ずかしさを感じた。
「……ごめんなさい、私――」
「……今度からは」
セブルスはその黒い目でこちらを見つめながら言った。その目から感情を伺うことはできない。
「こうしてたまに私に触れてくれないか……薄々気づいていたが、私は術そのものというより人の体温を感じる方が楽になるのかもしれん」
ナマエは予想外の提案に驚きつつも頷いた。
「……あなたがいいなら、いいわ」
言い終わらないうちに、ナマエは腰を引き寄せられ、セブルスに抱きしめられた。彼の腕は力強く背中に回されている。腰に回された手はかすかに震えていて、ナマエはその震えを感じながら思った。決して弱さを見せなかったセブルスが、今自分の前でそれをさらけ出している。ならば自分はセブルスのために最大限力になろう、と。
それからは自然とセブルスの研究室に向かう頻度が増えた。もう術をかける必要がなくなったから、というのは口実で、本当はナマエがセブルスを気にかけ、自分にできることがあるなら会う頻度を増やした方がいいと思ったからだった。それほど彼の悲しみは深いものだった。
ある日彼の部屋を訪れると、セブルスは眉間に皺を寄せて手紙を読んでいた。中身が気になり彼の後ろに回ると、セブルスは杖を振ってその手紙を消した。
「え、消した?」
「……生徒からの手紙だ」
セブルスはそれ以上何も言わなかったが、その苦い表情から察するに恋文だったのだろう。確かにホグワーツには若い男性教師がセブルスしかいないため、彼に憧れる女生徒もいる。それを言えばナマエも生徒から告白されることが少なくない。その度にしっかりと断るのだが、恋文を消すのはひどいのではないだろうか。
「生徒が勇気を出して書いた手紙を消すのはいかがなものかと思うけど」
「こんな手紙の相手などいちいちしてられん……君はちゃんと返事を出しているそうだが、暇なのかね?」
ナマエは驚いた。その情報をセブルスが知っていることも、皮肉混じりに言う彼の声が少し苛立っていることにも。
「……私は生徒に向き合おうと思って返事してるだけよ。まあ、暇なのは否定しない」
実際怪我をする生徒は少ない。自分がいなくてもマダム・ポンフリーだけで回せるはずだ。
セブルスは鼻を鳴らし、立ち上がるとソファへ移動した。ナマエも彼の隣へ腰掛ける。いつしかそこが二人で話す定位置になっていた。
「それが憧れだったとしても、教師なら生徒に向き合って諭すべきだわ」
「君の口から教育論が聞けるとは思わなかった。さぞご立派な教育をされているのでしょうな」
「……嫌な言い方ね」
ナマエはため息をつく。話を変えることにした。
「……そろそろクリスマスね。休暇は何をして過ごすつもり?」
「特に何もせん……研究に勤しむだけだ」
「研究に勤しむのもいいけど、私と外出でもしてみない?」
ナマエは軽い気持ちで誘った。ホグワーツにずっといては、せっかくの休暇が台無しだ。セブルスは眉をひそめ、心底不可解だという顔でこちらを見ている。
「……そんな顔しないで。私は友達としてあなたを誘ってるんだから……それに息抜きにもなるわ。どう? 一緒にポイドシアー海岸に行かない?」
「なぜ海岸へ?」
「作ってみたい回復薬があって、その材料が海岸にあるの。あなたならわかるでしょ?」
「……ウィゲンウェルド薬か。欲しいのはネタオビルの汁だな」
「その通り! あなたにとっても貴重な材料になるはずよ」
そう押せば、セブルスは「そうだな」と言い、渋々というように頷いた。
「……わかった、海岸へ行こう」
「よかった!」
ナマエは嬉しくなりセブルスに抱きついた。癒やしを与えるという目的の下触れ合っているため、彼とのハグのハードルは下がっていた。セブルスは驚いていたようだったが拒否はしなかった。
ナマエはそれを喜んだ。同時に妙な優越感が湧きあがるのを感じた。この優越感は何だろう、と考え、あることが浮かんだ。自分は彼に告白した女生徒に対して優越を抱いているのだ。気づいた瞬間、ナマエはセブルスから離れた。
「……どうした? 顔色が悪いが」
「ううん、なんでもない」
そう、本当に何でもない。これは一過性の感情に過ぎない。ナマエはそう思い込み、仄暗い感情をかき消した。
あっという間に時が過ぎ、クリスマス休暇が始まった。二人は姿くらましで海岸へ行くと、ネタオビルを探した。ネタオビルは魚やカニの血を吸うヒルで、この海岸にしか生息していない。なかなか見つからないことで有名で、高値で取り引きされている。
冬は寒いものだが、冬の海辺は尚更だ。こないだグラドラグスで、自分を温めてくれる魔法のかかった服を買っておいてよかった。セブルスはといえば、向こうの岩場でヒルを探している。クリスマス近くに冬の海でヒルを探す男女。ナマエはその絵面に笑いを抑えられなかった。クリスマスは家族と過ごすものだが、自分を育ててくれた父は亡くなっている――セブルスには家族はいないのだろうか。そういえば彼の家庭については聞いたことがない。聞く機会があれば聞いてみようと思い、またヒル探しに没頭した。
一時間ほど経ってもヒルは見つからず、ナマエはセブルスと合流することにした。
「全然見つからなかった、セブルスは見つかった?」
尋ねるとセブルスは黒い液体の入った瓶を掲げた。ネタオビルの汁だ。
「えっ、見つけたの? すごい!」
「岩場の陰にいた」
瓶を渡される。これがあれば薬が作れるが、見つけたのはセブルスだ。返そうとすると、セブルスは素っ気なく言った。
「……君にやる」
「えっ、それはダメよ、見つけた人が使わないと」
「私はいい……実を言うと研究室に汁はある。こないだ買ったからな、だから君が使え」
そう言われては何も言えず、瓶を受け取る。セブルスの言うことが本当なら、最初から自分に付き合ってくれていたことになる。セブルスの優しさに胸が温かくなった。
「……ありがとう。三本の箒でファイア・ウイスキーでもどう? 奢るわ」
セブルスは眉間に皺を寄せた。てっきり断られると思ったが、彼はこう言った。
「……ファイア・ウイスキーは飲まんが、いいだろう」
ホグズミードは大きなクリスマスツリーが飾られ、街灯にはリボンがたなびき、クリスマスムード一色だった。暗くなってきた空に妖精の光が瞬く。三本の箒に入ると冷たい外気に晒されていた肌が温かさでほどけていくのがわかった。マダム・ロスメルタに挨拶し、壁際の席に座る。ファイア・ウイスキーとホットワインを注文し、セブルスと向き合う。
「……付き合ってくれてありがとう、セブルス」
「いや……」
「あなたがいなかったら私は回復薬を諦めなきゃならなかったわ」
セブルスは鼻を鳴らした。それが照れ隠しだとナマエは見抜いた。セブルスと過ごしているうちに、彼の心が見えずとも、なんとなく彼の癖や考えていることがわかるようになってきた。
ウイスキーとワインが置かれ、ナマエはウイスキーを飲む。熱いというよりも灼熱だ。喉が焼かれそうだったが一口で全身があたたまった。手袋を外し、コップに手を当てる。
ワインを飲んだセブルスも、どこか満足そうな顔をしている。暖気と酒は人の心を解してくれる。
「……クリスマスは家に帰らないの?」
「家に帰っても誰もいないからな。父も母ももうこの世にはいない」
「私と同じね……ご両親はどんな人だった?」
軽い気持ちで聞いたのだが、さっとセブルスの顔が険しくなったのを見て、ナマエは後悔した。
「ごめんなさい、答えなくていいわ」
セブルスは無言でワインを煽った。それから囁くように言った。
「……母は魔女で父はマグルだった。私は半純血だ」
「そうなのね……私と一緒だわ。母はマグルで父が魔法使いだった。だから余計に母は私を怖がった」
仕方がなかった。今では母の気持ちがよくわかる。セブルスは「そうか」と相槌を打ち、深くは聞いてこなかった。その距離感がありがたかった。
「……あなたといると落ち着くわ」
そう言って微笑む。
「あなたの苦しみも、徐々に取り除かれてるように思う……それが私のおかげだなんて言わないけど――少しでも力になれてるといいなと思う」
「……確かに前よりは楽になっている。君の存在が大きい」
すんなりと自分を認めてくれるとは思わなかった。驚くナマエの向かいでセブルスは続ける。
「こうして話せるのも君だからだ……感謝している」
皮肉屋のセブルスに、お礼を言われるとは。まじまじとセブルスを見つめていると、彼は「なんだ」と眉をひそめた。
「……あんまり素直だから、別人なんじゃないのかと思って」
「失礼だな。私は私だ」
「そうね、セブルスはセブルスね……それよりこのウイスキー、初めて飲んだけどすごく酔うわ。帰れるかしら……」
セブルスは呆れたような顔をした。
「なぜ頼もうと思った?」
「ハグリッドとかよく飲んでるからどんなものかと思ったの。大丈夫よ、迷惑はかけないわ……たぶん」
結果的にナマエはセブルスに迷惑をかけることになった。酔いが回って姿くらましもままならなかったため、セブルスの腕を組んでホグワーツに連れて行ってもらった。連れられるまま歩いていると、セブルスが教員塔へ向かっていることに気づいた。きっとこのまま自分の部屋まで送ってくれるのだろう。
ナマエはそれを、寂しいと思った。もう少し彼と一緒にいたいと思ってしまった。もう少し彼の体温を感じていたかった。
「……セブルス」
「なんだ?」
誰もいない廊下に声が響く。肖像画の人物しか自分たちを見ていない。ナマエはそれを幸いに思い、言った。
「……私、セブルスの部屋に行きたいわ」
セブルスはこちらをちらと見て、それから言った。
「何を言っている」
「私は本気よ。もっとあなたと一緒にいたいの」
「……酔っ払いの戯言など聞いてられん」
セブルスは自分を無視して歩を進めようとした。ナマエはそれを阻んだ。彼に抱きついて止めたのだ。
「何をする……これでは歩けん」
「私、私は――」
ぼんやりとする頭で考える。自分の本気度をセブルスに示すのにはどうしたらいいか。考えて、ナマエは言った。
「――たぶん、セブルスが好き」
セブルスは目を見開いていた。必死に言葉を紡ぐ。
「私はもっとセブルスの力になりたいと思う。けどその気持ちには下心があって……その、何が言いたいかというと、セブルスを友達としてではなく、異性として見てる自分がいるの」
セブルスが口を開こうとした。ナマエは遮った。
「いいの、あなたの答えは知ってる。ただ私のようにあなたを想う人もいるってことを知ってればいい」
そこまで言って、ナマエは急激な眠気に襲われた。こんなところで寝たらセブルスも迷惑だろう。そう思っているのに目はどんどん重くなってくる。ナマエはもう何も考えず、目を閉じることにした。
目を覚ますと、見慣れた木目の天井が現れた。身を起こし、昨日の服のままでいることに気づく。ナマエは昨日のことを思い返した。セブルスとネタオビルの汁を取りに行って、三本の箒であたたまった。それから自分は酔っ払ってセブルスに――。
大声を上げようとして、なんとか堪えた。どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。羞恥で顔が熱くなる。よりにもよって、自分が見て見ぬふりをしてきた感情を本人に告白してしまった。合わせる顔がない。
このままこの部屋にずっといられたらどんなにいいか。そう思うも空腹には勝てず、シャワーを浴びて大広間へ向かった。セブルスに部屋まで送ってもらった礼くらいは言わなければならない。
大広間に行くと、全身黒の蝙蝠のような姿が見えた。セブルスだ。ナマエは緊張しながら彼に近寄った。
「……おはよう、セブルス」
振り返ったセブルスは、昨日のことがなかったかのように「おはよう」と言った。あまりにもいつも通りなので、自分が昨日告白したことも忘れてしまいそうになった。
「昨日はありがとう。送ってくれたんでしょ?」
「……ああ。急に寝るとは思わなかったがな」
「ごめんなさい……」
「もう酔っ払いの面倒は見ん」
セブルスは心底うんざりした様子で言った。よかった、昨日の告白はなかったことにされているのだ。そう思い、ほっとすると同時にずきりと胸が痛むのを感じた。それでよかったではないか。何を傷ついているのだろう。
「……セブルス」
ナマエはそっと彼の名を呼んだ。
「なんだ?」
「もう、あなたの悲しみはだいぶなくなったと思うの。あのハロウィンの夜から一年は経ってるんだし……だから私たち、個人的に会わない方がいいと思う」
今日起きた時から考えていたことだった。自分はセブルスを異性として見ている上に、それを知らせてしまった。これ以上会わない方がいい。セブルスは持っていたフォークを置き、言った。
「……君がそうしたいなら、そうしたらいい。私も君を呼ぶことはせん」
セブルスは立ち上がった。目の前の皿は空になっていた。ナマエはその後ろ姿を見送り、自分の席に着いた。
ふと視線を感じそちらを向くと、ダンブルドアと目が合った。全てを見透かすようなきらきらした瞳。ナマエは目を合わせていられず、机上の料理へ逸らした。ダンブルドアはきっと、開心術をせずとも人の感情や機微を感じることができる。この策士に自分のセブルスへの想いを伝えたくなくて、ナマエは平静を装いスプーンを取った。
五年生のOWLが終わり、校内にはゆったりした空気が漂っていた。春から夏へ移行するこの月は、ナマエの一番好きな月だった。自分の誕生月ということも大きい。
クリスマス休暇からセブルスの部屋を訪れることがなくなり、彼とはたまに会ったりすれ違ったりした時に挨拶するくらいで、話をすることもなくなった。寂しさを感じる一方で、これでいいのだと安堵する自分もいた。だって、セブルスはリリーを想っている。どうしたって自分にその想いが向くことはない。死んだ人間はその人の中で永遠に輝き続ける。自分の中の父のように。
彼と関わらないようにすることで、自分のセブルスへの邪な感情も自然となくなったように思えた。現に今、彼を見ても切なくはならないし、もう彼に対する恋愛感情はなくなったとナマエは思っていた――ナマエの誕生日の日になるまでは。
誕生日は毎年ロンドンの、大好きなマグルのケーキ屋に行ってケーキを買い、それを一人で食べてひっそりと祝うのが恒例だった。今年も仕事終わりにチョコレートケーキを買って、部屋でゆっくり食べようと階段を上がっていた。その時、後ろから声をかけられた。
「ミョウジ」
セブルスだった。どきりとした自分に自嘲し、振り返る。
「……セブルス、どうしたの?」
セブルスはいつもの無表情で言った。
「……今日は君の誕生日と聞いた」
「えっ、誰に?」
「ダンブルドアだ」
ダンブルドアが、なぜ自分の誕生日をセブルスに伝えるのだろう。ナマエは訝しんだ。何か理由があるはずだ。セブルスは言う。
「……そんなに怪訝に思うな。話の中でたまたま君の話題が出ただけだ」
「……そう」
セブルスが校長室に行く姿を見たことがあるため、たまに二人で話をしていることは知っていた。自分の話にどうしてなったのだろう。ますます疑念を抱いていると、セブルスは階段を上がってこちらに近づいてきた。
「君に……これをやる」
セブルスはローブから分厚い本を出した。古ぼけた本だ。タイトルは「回復薬のすべて」。
「これは……?」
「家の書斎を整理していたら出てきた。今まで渡す機会がなくてな」
ぱらりと捲ってみると、「蛇に噛まれたときの解毒薬」や「元気になる薬」といった回復薬の作り方が書かれていた。中には知らない薬もあり、作りたい気持ちが湧いてきた。
「ありがとう」
「いや……」
それで終わりかと思えば、セブルスは言った。
「……君は個人的に会うのをやめると言ったが、また私のところに来てくれないか?」
ナマエははっと彼を見た。相変わらず心が見えない。
「どうして?」
「……君の体温を恋しく思う自分がいるんだ」
「なんで、そんなことを――」
ナマエは苛立った。どうしてセブルスはこちらに気があるようなことを言うのだろう。
「そんなこと言わないで、私に気を持たせないで……!」
ナマエはそのまま階段を上がってセブルスから離れようとした。しかしその前に手を掴まれてしまった。
「何っ!」
「……私は、君をいつからか異性として見るようになった」
思いがけない言葉にナマエは抵抗をやめた。セブルスは落ち着いた様子で話す。
「リリーへの愛はもちろん揺るがない。ただその一方で君を求めている自分がいる……私も信じられず、最初は否定していたが、認めると楽になった」
セブルスは続ける。
「私は君のことが――恐らく好きなのだと思う」
ナマエはこれは夢ではないかと疑った。セブルスが自分を好きなんて、そんな幸せな夢はこれ以上にない。呆然とするナマエに、セブルスも困ったようだった。
「……君の心が変わってしまったのなら、それは仕方のないことだ。私は君への気持ちを忘れることにする――」
ナマエは持っていたケーキと本をレヴィオーソで浮かせると、セブルスに抱きついた。セブルスは危うく階段から落ちそうになったが、すんでのところで支えてくれた。
「本当に? 本当にセブルスは――」
「ああ……本当だ」
「……夢みたいだわ、私もまだセブルスが好き」
セブルスを見上げる。いつになく優しげな目をした彼は、そっと自分の額にキスをした。ナマエは照れくさくなり、彼の胸に顔を埋めた。まだ彼とキスをするための心の準備はできていないけれど、それはのちのち考えればいい。今は想いが通じあった彼に抱きしめられているだけでいい。誕生日にこんな奇跡が起こるなんて。それがダンブルドアに仕向けられたものだとしても、ナマエはこの幸せを手放す気はなかった。
その日から二人は恋人同士になった。週末は互いがどちらかの部屋を訪れ、深く知るための話をした。家庭のこと、生い立ち、そしてセブルスの使命のこと。
ダンブルドアがセブルスをホグワーツの教師に迎えたのには何か理由があるはずだとは思っていたが、それがまさかリリーの息子、ハリーを守るためだったとは。セブルスによると、ハリーは今マグルの家庭で育っている。リリーの姉の住む家にいるため、リリーの護りの魔法でハリーは守られている。しかしあと七年後にはホグワーツに入学する。リリーの魔法が効かなくなってしまうかもしれない。その隙に生死不明の例のあの人がハリーを狙う可能性がある。
「私はリリーの子供を守ることを条件に、ホグワーツの教師になった……たとえその子供がポッターに似ていたとしても、彼を守らなければならん」
想像して不愉快になったのか、セブルスは眉間にしわを寄せた。ナマエは思わず笑ってしまった。
「そうだったとしても、ハリーはどこかリリーの面影があるはずよ、二人の子供だもの……それにしても、あなたがそんな使命を負っていたなんて知らなかった」
ナマエはそう言いながらも、実は薄々わかっていた。ダンブルドアが自分とセブルスを繋げたのは、きっとセブルスにサポートが必要だからだ。大きな使命を負うセブルスに。
「……私、あなたのサポートがしたいわ」
ダンブルドアの思惑通りに行動するのも癪だったが、セブルスを支えたいという気持ちに背くことはできなかった。セブルスは目を見開き、それから自分を抱きしめた。
「……君とはこうしているだけで十分私の支えになっている。願わくば――ポッターが無事卒業した後も、それからも――君とずっと一緒にいたい」
「それは……プロポーズ?」
「……そう捉えて構わない」
セブルスはそう言って、少し体を離した。近い距離にある彼の顔にどきりとする。セブルスは真剣な表情をしていた。初めて見る表情だった。頬にそっと触れられる。ナマエは目を閉じた。そして――唇に柔らかい感触が落ちる。
目を開けるとセブルスは眉を寄せ、照れたような顔をしていた。この表情も初めて見る。ナマエは笑って、今度は自分から唇を合わせた。それが二人にとって二回目のキスだった。
三
ハリーがここホグワーツに来て驚いたことと言えば数え切れない。動く鎧に動く肖像画、気をつけないと消える階段に悲鳴を上げる植物、不思議な魔法生物たち。しかし中でも一番驚いたのが、スネイプが既婚者だと言うことだ。あのスリザリン贔屓で自分をなぜか敵視している陰湿なスネイプが結婚していると言うだけでも驚きなのに、その相手が医務室で働くナマエだなんて、誰が想像できただろう。
それをフレッドとジョージから聞かされたときは、ハリーも、一緒にいたロンもハーマイオニーも冗談だと思った。
「ナマエって、たまに大広間で見るあの綺麗な人?」
「まさか、そんなわけない。そんなことがあっていいわけがない」
ロンは首を振り、ハーマイオニーは戸惑いながら言った。
「本当なの? 本当なら、その……すごいことよ」
フレッドとジョージは悪戯がうまくいったとばかりに笑った。
「信じられないと思うが本当さ」
「俺たちも最初は耳を疑ったぜ。だから直接ナマエにも聞いた」
「彼女は何て?」
フレッドはにやりと笑った。
「『スネイプ先生と結婚してるのは本当よ。だから名字はスネイプなの』だってさ」
「愛おしげに『スネイプ先生』なんて呼んで。あのスネイプのどこに惚れたのかも聞いたが、教えてくれなかった」
「きっとスネイプは惚れ薬を使ったんだ」
二人はかわいそうに、とため息をついた。
「ナマエはそうとしらず飲んじゃったんだ、スネイプにそそのかされて。アモルテンシアの効力はすさまじいというからな」
「……でもアモルテンシアで無理矢理人を惚れさせて、且つ結婚してしまうのは犯罪じゃないの?」
ハーマイオニーが言った。フレッドとジョージは肩をすくめた。
「さあな、詳しいことは知らないが……ナマエが不幸なのは確実だ」
「そこで君たちに使命を与えよう。ナマエをスネイプから目覚めさせてくれ」
「それができたら……そうだな、俺たちの宝物をやろう」
「……げ、噂をすればスネイプだ」
ジョージがこちらに歩いてくる黒い人影を見つけた。「じゃあ幸運を祈る」と言って、フレッドとジョージはそそくさと去って行った。ハリーたちも逃げ出したかったが、スネイプの歩く速度が速く、どうしようか迷っているうちに捕まってしまった。
「……あいつらと何の話をしていた?」
スネイプは不機嫌そうに言った。ハリーは「あなたとナマエの話です」などという勇気もなかったため、代わりにこう答えた。
「……アモルテンシアの話です」
スネイプはますます眉根を寄せた。
「アモルテンシア? なぜ一年である君たちがそんな薬を知っている?」
「私が本で読んだんです、先生。それで二人にどんな薬なのか聞いたんです」
ハーマイオニーが助け船を出したが、返って裏目に出てしまったようだった。
「アモルテンシアは六年で習う薬だ。あの二人が詳しく知っているとは思えんが」
スネイプはじっとりとこちらを見下ろした。目を合わせていられず逸らすと、彼は鼻を鳴らした。
「……まあいい。悪巧みをしていればそのうち明らかになる。そのときは容赦なく減点するからな」
スネイプはそう念を押し去って行った。彼の姿がなくなるまで待って、ロンが言った。
「はあー、危なかった。まさかこのタイミングでスネイプが現れるなんて! あの二人の逃げ足の速さって言ったら」
「それにしても本当なのかしら、スネイプがナマエに惚れ薬を飲ませたなんて」
「それも含めて、ちょっと調べてみようよ」
ハリーは言った。スネイプにこの件を調べていると知れたら彼は激昂しそうだが、彼の弱みをつかめるのなら、やってみる価値はある。ロンもハーマイオニーも好奇心には勝てなかったらしく、反対しなかった。
スネイプ本人から聞き出すのは無理とわかっていたので、ナマエから調べることにした。ただ彼女は基本的に医務室にいるため、彼女と話すには怪我をするか、彼女が広間に食事を取りに来た帰りを狙うしかなかった。わざと怪我をしたくはなかったので、ハリーたちは昼休み中はなるべく広間にいるようにして、ナマエの来る時間帯を調べた。そして彼女が食べ終わるのを待ち(大体マダム・ポンフリーと喋りながら食べているので時間がかかった)、彼女が一人で医務室へ歩いているところを追った。
「ナマエ先生」
フレッドたちのように彼女を呼び捨てで呼ぶほど親密でもないため、ハリーは迷った末「先生」をつけた。振り返ったナマエは驚いたようだったが、すぐに和らいだ表情になった。
「まあ、ハリー、ロン、ハーマイオニー。こんにちは」
「僕たちの名前を知ってるんですか?」
ロンが驚いて言った。ナマエは微笑んだ。
「ええ、あなたたち有名だもの。こないだトロールを倒したんでしょう? すごいわ」
ハロウィンのときのことを言っているのだ。ハリーは照れで顔が熱くなるのを感じた。
「それでどうしたの? わざわざ私を追いかけて」
「……先生が、スネイプ先生と結婚してると聞きました。それは本当ですか?」
ハーマイオニーがおずおずと聞いた。ナマエはそう聞かれることがわかっていたかのように微笑んだ。
「ええ、そうよ。それで、私がアモルテンシアでも飲まされたんじゃないかと思って来たのね?」
ハリーたちは驚いた。まさかそこまで当てられるとは思わなかった。ナマエはくすくす笑っている。
「みんな、私が彼と結婚してるのがあまりにも意外なのね。大体生徒は皆そう思うみたい。でも残念、そんなものは飲まされてないわ」
「先生は、スネイプ先生のどこに魅力を感じたんですか?」
ロンが思い切ったことを聞いた。ハーマイオニーが彼を小突いている。しかしナマエは気を悪くした様子もなく答えた。
「そうね……心が見えないところかしら」
「心が見えないところ?」
「ええ」
ナマエはそれ以上説明する気はないようだった。まさか彼女は心が読めるのだろうか。そう考えると、その微笑みも意味深なものに思える。
とにかく彼女が惚れ薬を飲んでいないことがわかったため、礼を言ってその場を後にした。
「俺ら、あの二人にだまされたんだ! 二人は先生が薬を飲んでないことを知っててあんな風に言ったんだ」
「それより、心が見えないってどういうことかしら? 開心術っていう術があるのはわかるんだけど……」
「ただ一つわかるのは、もう先生たちに深入りしない方が良いってことだ」
スネイプの弱みが知れると思った自分を殴りたい。ナマエもまた隙がないことがわかったし、彼女が幸せなら自分たちが口出しすることではない。もうこの件について調べるのはよそう。ハリーはそう決意した。
四
「……今日ね」
セブルスと共にベッドに入り、サイドの明かりを消した後、ナマエは呟くように言った。
「ハリーに会ったわ」
ぴくりとセブルスの体が動くのを寝間着越しに感じる。
「……そうか」
「あなたがハリーを嫌う理由もわかるわ。父親に似てるし……ただ彼は良い子よ。私たちのことを聞いてきたけど、もう詮索しないと決めてくれた」
「ふん、そうだといいが」
若干苛立っている彼を静めるように、彼の腕に手を置く。
「あの子の内面は母親似だわ。私は散々あなたからハリーの愚痴を聞かされてきたから、てっきり父親に似てるんだと思ってた。でも違った。ハリーはハリーよ……父親じゃない」
「……君に言われなくともわかっている」
ナマエは笑って彼の頬にキスした。
「なら、あんまりハリーに厳しくしちゃだめよ。ひねくれて育っちゃうかも」
セブルスは眉間にしわを寄せて黙っている。そのしわを取り除くように、今度は眉間に唇をつける。離れるとセブルスにキスをされた。軽いキスかと思いきや、深いものだった。
――ああ、うやむやにされそう。
ボタンを外されながらナマエは思ったが、そのまま彼の手に身を委ねた。ジェームズとセブルスの溝は深い。ジェームズやシリウスたちがしていたことはいじめだ。セブルスもまたやり返してはいたが。自分が何を言ったところで彼はハリーへの態度を変えないだろう。そんな予感があった。
ナマエの予感は当たった。一年、二年と時が経つにつれてセブルスのハリーへの悪口はひどくなっていった。ハリーがますます父親に似てきたことも原因の一つのようだった。そしてハリーは時折セブルスに反抗するようになった。それもそうだ。入学当初から教師に敵視され続ければ、反抗心も育つ。ナマエはハリーに同情した。
しかしセブルスはダンブルドアとの約束を違えようとはしなかった。クィレルがかけた呪いの反対呪文を唱えて、ハリーの乗る箒を落ち着かせようとしていたのは記憶に新しい。ナマエはハリーに関してはセブルスに任せて口出ししないことに決めた。そして目下の悩み事に集中することにした。その悩み事が――「やあ、ナマエ!」
この憎らしいほど白い歯を見せる男、ギルデロイ・ロックハートだった。
「……また用もなく医務室にいらしたのですか」
「用はあるさ、君と話すという用が!」
ナマエはため息をついた。自分はこの男に「気に入られて」いる。異性としての好意は見えないためまだマシなのだろうか。
さっさと追い払えとマダム・ポンフリーも顔を険しくしている。ナマエはロックハートに向き合った。
「ここは医務室で、けが人が養生する場所です。こんなところで話などできません」
「では私の部屋で紅茶でも飲みながら話そう。良い茶葉があるんだ……」
この男は自分のことしか考えていない。
「ロックハート先生、それはいけません。今は仕事中ですし、私は既婚者です。先生とする話などありません」
「……その通りだ」
いつ医務室に入ってきたのか、セブルスが隣にいた。さすがのロックハートも怯んだようだった。
「ああ、これはこれはスネイプ先生。誤解させたら申し訳ない、別に私は奥さんを誘っていたわけではなく――これは――」
しどろもどろになるロックハートに、ナマエは侮蔑の目を向ける。そう、この人は自分を異性として好きだとは思っていない。ただ単純に、ここにいる比較的若い女性と話し、そしてその様子を生徒に見られて注目されたいという承認欲求のために自分を誘っているのだ。セブルスは彼の言葉を遮った。
「今後、私の妻と話すのはやめてもらいたい。やめなければ――」
セブルスの低い声に、ロックハートはごくりとつばを飲んだ。
「もしかしたら、あなたのゴブレットに何かを入れるかもしれん……」
「わ、わかりました。もう奥さんを誘いません……!」
ロックハートはそう言うやいなや医務室から逃げ出した。セブルスの脅しは効果抜群だ。
「ありがとう、セブルス。前から困ってたの」
「なぜロックハートに言い寄られてると私に言わなかった? たまたま通りがかったからよかったものを」
セブルスは眉間に皺を寄せて怒っていた。ナマエは答える。
「あの人から好意は感じなかったから放ってたの。あなたに言わなかったのは、そんなことであなたの手を煩わせたくなかったから……」
「君のためならいつでも助けになる。遠慮などするな、家族なのだから」
「……そうね」
セブルスは、ベッドの上からこちらを見ている生徒たちに一睨みすると、医務室を出て行った。静まりかえっていた部屋が一気にざわめきだす。
「今の台詞、聞いたか?」
「まさかスネイプがあんなこと言うなんてな……」
マダム・ポンフリーは彼らに静かにするように言い、それからこちらへウインクした。スネイプ先生もやるじゃない。彼女の声が聞こえた。