セブルスが生徒をフる話

 ナマエミョウジには、とある悩みがあった。それはたっぷりとした深い赤毛が絡まりやすいということでなく、もっと切羽詰まった悩みだった。
「ミス・ミョウジ
 深みのある声が聞こえ、思惑していたナマエはハッと前を向く。そこにはナマエを悩ます張本人の姿があった。
「授業中に考え事とは、よほど余裕があるらしい。『強化薬の効能と歴史』を羊皮紙二巻書いてくるように」
「そんな……!」
「まだ足りんかね?」
 薄くせせら笑いを浮かべてスネイプは言う。ナマエは両手を握りしめ、小さくため息をついた。
 スネイプの授業はいつもこう。スネイプの姿に緊張して薬の作り方を間違えたり、ぼんやりして宿題を多く出されたり。スリザリンだから減点はされないが、調合薬学の授業がナマエにとって一番の悩みの種だった。
 そして何より――
(また、だ)
 じっとスネイプを見ていると、すぐに目がそらされるのだ。見られるよりはいいが、目をそらされる度ナマエは胸が痛くなった。
「今日も災難だったわね」
 広間で昼食を食べながら、友人のベスが言う。かぼちゃジュースを飲みながら、ナマエは頷いた。
「うん、どうしよう二巻も書けないよ」
「私が手伝ってあげるわ……それよりナマエ、本当にスネイプのこと好きなの?」
「うーん、好きっていうか、憧れてるというか……」
 ねっとりとした長い黒髪に土気色の肌、大きな鉤鼻。お世辞にもかっこいいとは言えないが、スネイプは独特の雰囲気を持っていた。ナマエはその雰囲気が嫌いではなかった。
 何となくハイテーブルを見上げると、そこにスネイプの姿があった。こちらを見ていたらしく、ばちりと黒い瞳と目が合う。
 目をそらされる前にと、ナマエはすぐに目をそらし、目の前の食べ物に集中し始めた。



 O.W.Lが近づいてきていた。
 どうしても調合薬学で名誉を挽回したかったナマエは、スネイプに許可を得て調合の練習をしていた。作っているのは安らぎの水薬。月長石の粉をちょうど入れたところだった。
(右に三回攪拌し、7分間煮る、と……)
 あとは7分待てばいい。用意していた砂時計をひっくり返し、ナマエは椅子に座った。
 その時、ドアが突然開き、スネイプが入ってきた。
「ス、スネイプ先生……!」
 思わずナマエは立ち上がる。
 スネイプは大鍋を見て言った。
「ほう、ミス・ミョウジにしてはよくできているようだな」
 私にしては、は余計です、と言いたかったが、緊張からか何も言えなかった。しかし、何か答えなければと必死で頭を回転させる。
「せ、先生は、様子を見に来てくれたんですか?」
「ああ、調合に失敗していないかと。ここを汚されたら大変ですからな」
 スネイプはいつも通り皮肉を返す。が、ナマエにはそれが嬉しかった。気にかけてくれたということだ。それに、いつもより目を合わせてくれている気がする。
「……先生は、どうしていつも私と目を合わせてくれないんですか?」
 自然と口をついて出てきた。
「私が見ていると、すぐに目をそらして……どうして、ですか? 私が、嫌いだからですか?」
 言っていて悲しくなる。もしそうだとしたら、どうしよう。この思いは告げる前に、砕けてしまうのだろうか。
 下を向いていると、やがて声が降ってきた。
「……私が君を嫌おうと、君には関係のないことだろう」
 冷たい言葉に、ナマエはぱっと顔を上げた。そして言ってしまった。
「……関係あります、私は先生のことが好きなんです」
スネイプは少し驚いたようで、こちらをじっと見てきた。ここでそらしてはいけないと、ナマエも彼の目を見つめる。やがてスネイプは言った。
「……君の気持ちには答えられん。それは歳上の教師への憧れに過ぎない」
「そう、なのでしょうか……」
そう言われてしまうと、そうかもしれないと気持ちが揺らいでしまう。
「私への気持ちが本気だったとしても、答えることはできん。君は私の生徒だ。それ以上でも以下でもない」
そろそろ七分経つ、とスネイプは砂時計を指し、教室を出ていった。残されたナマエは、薬の工程をぼんやりと行いながらスネイプの言葉を反芻した。スネイプは教師で自分は生徒。淡く抱いていた期待は砕かれてしまった。いつの間にか頬を涙がつたい、完成間近だった水薬に落ちる。一気に黒へと変化したのを見て、今の自分の心のようだとナマエは他人事のように思った。