翌朝、マクゴナガル先生からもらった時間割に、ルナはネビルと目を通した。今日は『魔法史』、『調合薬学』が二時限続き、『占い学』、二時限続きの『闇の魔術の防衛術』だった。
「最悪の時間割だよ」
ネビルはため息をついた。
「休暇明け初日から調合薬学なんて……」
一方ルナは浮き足立っていた。セブルスと会えるのは授業の時間だけなのだ。退屈な魔法史を終え、ネビルと共に地下教室へ入る。授業が始まると、セブルスが「静まれ」と言いながら入ってきた。
静かにと言う必要はなかった。扉が閉まる音を聴いたとたん、部屋はしんとなった。
「本日の授業をはじめる前に」とセブルスが言うと、マントを翻して教壇に立ち、全員をじろりと見た。「忘れぬよう、はっきり言っておこう。来たる六月、諸君は重要な試験に臨む。そこで『調合薬』の成分、使用法について諸君がどれほど学んだかが試される。このクラスの何人かは確かに愚鈍であるが、私は諸君にせいぜい『O・W・L(標準魔法レベル試験)』試験合格すれすれの『可』を期待する。さもなくば――私は不快を覚えるであろう」
セブルスが今度はネビルを睨みつけた。ネビルが唾を飲み込んだ。
「言うまでもなく、来年から何人かは私の授業を去ることになろう」と、セブルスは言葉を続けた。「私は、もっとも優秀なる者にしか『N・E・W・T(最悪の事態をも網羅する試験)』レベルの『調合薬』の受講を許さぬ。つまり、何人かは必ずや別れを告げるということだ」
セブルスの目が今度はハリーを見据えた。
「しかしながら、幸福な別れのときまでにまだ一年ある」と、セブルスが低い声で言った。「であるから、『N・E・W・T』試験に挑戦するつもりか否かは別として、私が教える学生には、高い『O・W・L』試験合格率を期待する。そのために、全員努力を傾注するように」
「今日は、『O・W・L』試験にしばしば出てくる調合薬を調合する――『安らぎの水薬』だ。不安を鎮め、動揺を和らげる。注意事項――成分が強すぎると、飲んだ者は深い眠りに落ち、ときにはそのままとなる。故に、調合には細心の注意を払いたまえ。成分と調合法は――」セブルスが杖を振った。「――黒板にある――」(黒板に、文字が現れた)「――必要な材料はすべて――」もう一度杖を振った。「――薬棚にある――」(薬棚がパッと開いた)「――一時間半ある――はじめたまえ」
セブルスの課題はやりがいのあるものだった。材料は、正確な量を正確な順序で大鍋に入れなければならなかった。混合液は正確な回数掻き回さなければならず、はじめは右回り、それから左回りだった。ぐつぐつ煮込んで、最後の材料を加える前に、炎の温度をきっちり定められたレベルに下げ、定められた何分かその温度を保つのだった。
「薬から、軽い銀色の湯気が立ち昇っているはずだ」と、あと十分というときに、セブルスが告げた。
ルナの液体からは、銀色の湯気が立ち上っていた。そばを通ったセブルスが、ルナの大鍋を覗き込み、満足げに頷いた。セブルスは、ルナがいかに難しい調合をやり遂げようとも、グリフィンドールに加点はしなかったが、こうして頷いてくれた。しかし、同じように銀色の湯気が立ち上るハーマイオニーの液体には頷きもしなかった。ハリーの大鍋のところで立ち止まったセブルスは、薄ら笑いを浮かべて見下ろした。
「ポッター、これは何のつもりだ?」
教室の前のほうに居るスリザリン生が、一斉に振り返った。
「『安らぎの水薬』です」
「教えてくれ、ポッター」と、セブルスが優しく言った。「字が読めるのかね?」
ドラコ・マルフォイが笑った。
「読めます」
「ポッター、調合法の三行目を読んでくれたまえ」
ハリーは目を凝らして黒板を見た。
「月長石の粉を加え、右に三回撹拝し、七分間ぐつぐつ煮る。そのあと、バイアン草のエキスを二滴加える」
「三行目をすべて行なったか? ポッター?」
「いいえ」と、ハリーは小声で言った。
「答えは?」
「いいえ」と、ハリーは少し大きな声で言った。「バイアン草を忘れました」
「そうだろう、ポッター。つまり、このごった煮はまったく役に立たない。エバネスコ」
ハリーの液体が消え去った。いくらなんでも、それはないんじゃないかとルナは思ったものの、セブルスに反抗してもグリフィンドールが減点されるだけだったので口を挟まなかった。
「課題をなんとか読むことができた者は、自分の作った薬のサンプルを細口瓶に入れ、名前をはっきり書いたラベルを貼り、私がテストできるよう、教壇の机に提出したまえ」と、セブルスが言った。「宿題――羊皮紙十二インチに、月長石の特性と、調合薬調合に関するその用途を記述するように。木曜に提出」
午後は『闇の魔術に対する防衛術』だったが、まったく実践をしない授業で、かつアンブリッジが例のあの人が復活したというハリーの言葉を信じていなかった。ファッジの手先だというのは本当のようだ。アンブリッジから罰則を言い渡されたハリーの怒りは収まらないようで、ロンとハーマイオニーさえ彼を腫れ物のように扱った。
ルナはハリーが気の毒になったが、『O・W・L』試験に向けて呪文学でも変身術でもどっさりと宿題が出たため、それをこなすのに必死だった。一人だったらなんてことないものでも、ネビルとともに宿題をすると彼に教えなければならなかったため、そのぶん時間がかかった。しかしルナは嫌にならず、ネビルに教えた。誰かに教えるとより自分の中で知識が定着するような気がしたからだ。反対にネビルから教わることもあった。ネビルの得意な薬草学だった。
週の終わりの金曜の朝、ルナの元にふくろうがやってきて、一枚の紙を渡した。
今日の夜、夕食が終わった頃に私の部屋に来なさい。
セブルス
ルナはその日の夜セブルスの部屋の扉を叩いた。出迎えたセブルスは辺りに誰もいないことを確認すると、ルナを入れて扉を閉めた。
「どうしたの、セブルス?」
「……君に渡したいものがある」
セブルスは本棚から一冊の分厚い本を取り出し、ルナに見せた。『すべての毒への解毒薬』。ルナははっとセブルスを見つめた。
「これ、この本、私探してたの! 図書館にもなくて……どこで見つけたの?」
「ある書店で見つけた。君が休暇中にこの本が欲しいと言っていたのを思い出してな」
ダイアゴン横町の書店にもなかった本だ。セブルスはいったいどこの書店で見つけたのだろう。ルナは気になったが深掘りはしなかった。ただ、セブルスが自分のために探してくれたのだと思うとあたたかい気持ちになった。
「ありがとう、セブルス……大事にするわ」
「君はなぜその本が欲しかったんだ?」
セブルスはソファに座りながら言った。ルナもその隣に座る。
「蛇の毒への解毒剤は、この本にしか書かれてなかったの」
「蛇の毒?」
「……例のあの人は、ナギニっていう毒蛇を飼ってるんでしょう?」
「……そうだ」
「だから、誰かが噛まれたときのために、その解毒剤を作りたかったの」
そう言うと、セブルスは微笑んだ。いつになく優しい目に、ルナはどきりとした。
「良い心がけだ……」
セブルスはそっとルナの頭を撫でた。もう一五歳になるというのにやめてほしいという気持ちと、撫でられるのが気持ちよくもっと撫でられたいという気持ちが相反していた。そのとき、扉が開いた。
「スネイプ先――」
マルフォイだった。セブルスはぱっと手を戻し、立ち上がった。
「私の部屋に入るときはノックをしろ!」
「す、すみません……」
「で、用件は何だ?」
マルフォイはこちらをちらと見ると、話し出した。
「一年生が階段から落ちて怪我をしました、今は医務室にいます」
「……今行く」
セブルスはそう威厳たっぷりに言うと、ルナを振り返った。
「ルナ、君は帰っていい」
「……はい」
セブルスはマルフォイと共に去って行った。マルフォイが去り際、こちらに怪訝そうな視線を送ったのをルナは見落とさなかった。彼のことだ。てっきりニヤニヤと、好奇心にまみれた嫌な視線が送られると思っていたため、ルナは驚いた。そのまなざしは、自分を心配しているかのようなものだった。
談話室に戻ると、皆大騒ぎだった。なんでも、ロンがクィディッチのキーパーとして選ばれたらしかった。ルナはロンにおめでとうと言ったが、お祝いには参加しなかった。マルフォイの視線が気がかりで、すぐにベッドに入った。
マルフォイから手紙をもらったのはその次の週の月曜日だった。一言だけ、今日の夕食後に話があると書かれていた。ルナはきっとこの間のことだと悟った。夕食後、手紙に書かれていた待ち合わせ場所――四階の空き教室へ向かった。無視することもできたが、ルナはそうしなかった。眼鏡を外してから、こうして呼び出されて告白される回数は多かったが、マルフォイの用件はそうではないとわかっていたからだった。少しして、マルフォイが入ってきた。ルナが来たことが意外だったらしく、まじまじとこちらを見ながら彼はドアを閉めた。
「……用件は何?」
ルナは言った。マルフォイと話すのは初めてだということにルナは気づいた。マルフォイは一瞬悩むように眉を寄せたが、すぐに口を開いた。
「君は、スネイプ先生とデキてるのかい?」
「はい?」
何を言われたかわからず、ルナはぽかんとマルフォイを見た。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「こないだ、君は先生に頭を撫でられてただろう?」
「あれはセブルスなりのスキンシップであって、変な意味はないわ」
ルナは平然と答えた。
「でも、あのときの先生の目は、まるで――」
マルフォイは言葉を切った。言おうかどうか迷っているようだった。
「まるで、恋人を見ているみたいだった」
ルナは笑ってしまった。どうして皆、同じようなことを言うのだろう。
「なぜ笑っている?」
マルフォイが怪訝そうに言った。ルナはクスクスと笑いながら言った。
「それだけセブルスが私のことを親として思ってるってことだわ。セブルスは私に恋愛感情なんて持ってないはずよ、だって私は娘だもの」
「そんなこと、本人じゃないとわからないじゃないか!」
マルフォイはなぜか意固地になっていた。不思議に思い、尋ねた。
「……どうしてあなたはそんなことを気にするの?」
「それは――」
マルフォイの頬が赤くなった。その白い肌がこんなに赤く染まるところを、ルナは初めて見た。
「それは、僕が君のことを好きだからだ」
嘘だ、とルナは思ったが、その耳まで赤くなっていることに気づき口を閉じた。マルフォイは聞いてもいないのに、つらつらと話し出した。
「去年から、君のことが気になっていた……一緒にダンスをしようって、本当は言いたかったけど、君がレイブンクローの奴にオーケーしたって噂で聞いてやめたんだ」
下を向いていたマルフォイが、こちらを見据えた。
「君が僕と付き合うことはないってわかってる。君はグリフィンドールだし、僕はポッターと仲が悪いし……だから――」
「そんなの、何の障害にもならないわ」
そう言ってしまってから、ルナは後悔した。これではマルフォイと付き合うと言っているようではないか。案の定、マルフォイは嬉しそうだった。
「じゃあ……」
「私があなたのことを好きになるように、振る舞って欲しい」
ルナは言った。
「例えばクィディッチでも、ちゃんとスポーツマンシップに基づいた態度を見せて欲しい。ハリーのファイアボルトを掴むなんて言う姑息な真似はしないでほしい……あとはそうね、ハリーが気に食わないのはわかるけど、突っかかるのはやめてほしい。あと穢れた血って言うのもやめて」
マルフォイはショックを受けたような顔をした。ルナは言葉を続けた。
「これくらいできないと、私はあなたを好きにならないわ。私は大人な人が好きなの」
ハリーが大人だったかと言えばそれは疑問だが、マルフォイに本気になってもらうためにはそう言うしかなかった。それが最低条件だった。マルフォイは口をパクパクさせていたが、やがてわかったと言った。
「君の言うとおりにする……」
「ちなみに、パンジー・パーキンソンはあなたのガールフレンドなの?」
「いや、違う。向こうが僕のことを好いているだけだ」
マルフォイは早口で言った。「そう」とルナは静かに相づちを打った。
「……じゃあ、そういうことだから」
ルナはマルフォイを通り過ぎ、教室を出た。マルフォイが自分を好きだった。衝撃の事実だったが、悪い気はしなかった。彼の赤い顔を思い出し、ルナはくすりと笑った。意外とかわいいところがあるじゃないか。
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