マルフォイはルナの言うとおりにしているらしく、グリフィンドールのクィディッチの練習に、姿を現さなかったらしい。
「パンジー・パーキンソンとか、クラッブとかはいたんだけど、真っ先に来そうな奴は来なかった」
ロンがデザートを食べながら言った。
「きっとなんか企んでるんだ……」
理由を知っていたルナはそれを言わず、「そうなんだ」と頷いた。マルフォイは案外素直なところがあるのかもしれない。
部屋に戻ると、ハーマイオニーからハリーに防衛術を教わってみないかと聞かれた。
「ハリーが先生になるの?」
「そうね」
「それ、すごくいい考えだわ! 私もパトローナスが使えるようになればと思ってたの」
ハーマイオニーは顔を輝かせた。
「本当? そしたら、今度のホグズミードでホッグズ・ヘッドに来て」
「わかったけど、どうしてホッグズ・ヘッドに?」
「アンブリッジに知られたら面倒なことになるからよ」
アンブリッジは今、ホグワーツの高等尋問官に任命されていた。確かに面倒なことになりそうだ。
その二週間後、ルナはネビルとともにホッグズ・ヘッドへ向かった。途中でディーンとラベンダー、パーバティとパドマ・パチルの双子と会った。
「あなたたちも?」
聞けば彼女たちは頷いた。皆でホッグズ・ヘッドに入ると後ろからぞくぞくと人が押し寄せてきた。チョウ・チャン、ルーナ、ケイティ・ベル、アリシア・スピネット、アンジェリーナ・ジョンソン、コリンとデニスのクリービー兄弟、アーニー・マクミラン、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、ハンナ・アボット。それからアンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナー、テリー・ブート。最後はフレッドとジョージ、リー・ジョーダンだった。
ホッグズ・ヘッドは小さくみすぼらしく、ひどく汚い店内で、ヤギのようなきつい臭いがした。皆でどこでするか、いつにするかを話し合い、最後にハーマイオニーが言った。
「私――私、考えたんだけど、ここに全員名前を書いてほしいの、誰が来たかわかるように。それと」ハーマイオニーは、大きく息を吸い込んだ。「私たちのしていることを言い触らさないと、全員が約束するべきだわ。名前を書けば、私たちの考えていることを、アンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになります」
フレッドが羊皮紙に手を伸ばし、嬉々として名前を書いた。ルナもその後に続いた。ハーマイオニーのことだ。きっと裏切った者に呪いがかけられる仕組みになっているのだろう。
二回目の会合で、この集会の名前がダンブルドア・アーミーになった。場所はハリーが発見したらしく、必要の部屋という不思議な部屋で実践に取り組むことになった。最初は武器解除呪文だった。これはルナの十八番だったため、ネビルの杖を吹き飛ばすことに成功した。
クィディッチシーズンが近づいてきていた。マルフォイはと言えば、いつものようにハリーたちを馬鹿にすることはせずおとなしくしていた。これにはハリーたちも気味悪がっていた。
「僕たち、あいつらと廊下でかち合ったんだ」
ハリーは怪談話でもするかのように、ひそひそと言った。
「でもマルフォイは何も言ってこなかった!」
「きっと、心を入れ替えたのよ」
ルナが我知らずという顔を装って言った。
「なんか、怪しいな」
ロンがルナをじっと見た。
「君が絡んでるんじゃないか?」
「まさか!」とルナは驚いてみせた。
「どうして私がマルフォイと絡むの?」
「まあ、そうだよな」ロンは納得したようだった。
「君とマルフォイが話してるところさえ見たことないし」
対スリザリンの試合当日、マルフォイは今までになく「ちゃんと」していた。他の選手がわざとグリフィンドールの選手に体当たりしたり姑息な手段に出ているのに対し、マルフォイだけはスポーツマンシップに則った試合をしていた。ルナは感心した。これなら、マルフォイを好きになれるかもしれない。試合はハリーがスニッチを掴んでグリフィンドールが勝ったが、マルフォイは悔しげにしているだけで、ハリーやロンに突っかかったりはしなかった。
ロンの父親がナギニに襲われたと聞いたのは、クリスマスが近づく十二月のことだった。ルナは血の気が引いたが、彼が聖マンゴに入院していて無事だと聞くとほっと胸をなで下ろした。こういうことがあるから、やはり備えは大事だ。ナギニのような毒蛇向けの解毒剤は、セブルスに本をもらった翌日に作っていた(セブルスから空いた時間に教室で作っても良いと許可をもらっていた)。それに加えて、毒蛇に噛まれたときの傷口の止血の仕方も一通り本で読み、わかっていた。通常の止血呪文は効かず、解毒剤を傷口に塗った後で患部が素早く完治する魔法の包帯を巻けば、命は取り留めるはずだった。ルナはその包帯を、マダム・ポンフリー経由で買っていた。そしてそれらをベッド下のトランクの中に入れた。万が一何かあれば、すぐに取り出せるようにした。
クリスマスは皆とグリモールド・プレースで過ごした。皆が雪遊びをする一方、ルナはリビングで本を読んで過ごした。そんなルナにシリウスが言った。
「君は外で遊ばないのか?」
「うん。休暇中にこの本だけは読んじゃおうと思って」
「へえ……リリーも本ばっかり読んでたな、血筋だ」
ルナは思いがけない言葉に顔を上げた。
「……お母さんは、勉強家だったの?」
シリウスは笑みを浮かべた。
「そりゃあな、首席だったわけだし……ジェームズもだが」
「お父さんもお母さんも、勉強ができたんだ」
「ああ、できた。俺はそんな二人が自慢だった……君は監督生にはならなかったのかい?」
「一応、マクゴナガル先生に打診されたけど、断った。私にグリフィンドール生をまとめることはできないもの」
「そんなことはないと思うけどな……」
「ねえ、私の両親のこと、もっと話して」
ルナがせがむと、シリウスは話してくれた。ジェームズは最初からリリーにぞっこんだったこと、リリーは彼を傲慢だと言って嫌っていたこと、七年生に付き合い始めたこと。
「どうしてお母さんはお父さんを嫌っていたのに、付き合い始めたのかしら」
「ジェームズが心を入れ替えたんだ。それでリリーは見直した」
「そうだったんだ……」
「……君の得意科目は魔法薬学かい?」
「そうよ」
「ますますリリーだな……リリーも魔法薬学が得意だった。その癖のある赤毛も、緑の瞳も、顔立ちも、ちょっと気が強いのも、すべてリリーにそっくりだ」
シリウスは目を細めた。昔の親友を見ているかのような、穏やかな目だった。ルナは複雑な気持ちになった。
「そろそろお昼にしましょう」
ウィーズリー夫人が入ってきたとき、ルナはほっとした。自分はリリーではないと、シリウスに言ってしまいそうだったからだ。
クリスマスが終わる頃、ウィーズリー氏が退院し戻ってきた。その夜は快気祝いをしたのだが、シリウスは無理に笑っているようだった。きっと自分たちがいなくなり、クリーチャーというハウスエルフとまた閉じ込められる生活が来るのを憂いているのだ。次の日には、ハリー、ロン、ハーマイオニーとともにナイトバスに乗り込んだ。ホグワーツに戻るための手段だった。ルナはシリウスがハリーに何かを渡しているのを見た。きっと、セブルスがハリーに個人教授をするということで、シリウスが心配になったのだろう。閉心術を教わると、ハリーから伝えられていた。閉心術は開心術に対応する術だ。きっと例のあの人は開心術に優れているのだろう。ルナはハリーに「がんばって」と伝えた。
授業が始まってすぐ、アズカバンにいたデスイーターたちが集団脱獄したというニュースが飛び交った。ルナはいてもたってもいられず、夕食後にセブルスの部屋を訪れた。
「セブルス!」
机に座っていたセブルスは、書物から顔を上げた。
「どうした?」
「本当なの? デスイーターたちが脱獄したって……」
セブルスは少し顔をしかめて、「ああ」と頷いた。
「セブルスは? 例のあの人から、疑われてない? 大丈夫?」
自分でも支離滅裂なことを言っているとわかったが、とにかくセブルスが心配だった。セブルスは立ち上がり、「大丈夫だ」としっかりと言った。
「ああ、セブルス――」
ルナはセブルスに抱きついた。
「私、あなたのことが心配なの、あなたがいなくなったら、死んじゃったらと思うと私――」
泣きそうになるのをぐっと堪える。セブルスの腕が背中に回り、もう片方の手が頭を撫でた。
「……君は私を心配してくれるのか?」
「もちろんよ、セブルスは私の大事な家族だもの――」
ルナはセブルスを見上げた。涙でぼやけていたものの、セブルスがこちらに顔を近づけてきたのがわかった。キスされる、と思ったが、そのキスは唇ではなく額に落とされた。それから瞼、頬と唇が触れる。それは優しいものだった。
「ふふ、くすぐったい……」
笑って身をよじるとセブルスは止めてくれた。ふとマルフォイの言葉が浮かぶ。君たちはデキてるんじゃないか――また勘違いされるかもしれないと思ったルナは、セブルスから身を離し、「おやすみ」と言って部屋を出た。部屋を出て角を曲がったところで、マルフォイが壁に凭れて立っていることに気づいた。
「そんなところで何してるの?」
「……君の姿が見えたから、追いかけたんだ」
マルフォイは不機嫌なようだった。
「スネイプの部屋で何してたんだ?」
「ちょっとした雑談よ」
ルナはうんざりして言った。
「あなたの考えてるようなことは何もないわ、残念だけど」
「……へえ」
マルフォイは信じていないようだった。
「別に信じてくれなくたっていいわ、私はあなたの彼女でも何でもないもの」
ルナはそう言って歩き出そうとしたが、手を掴まれてしまった。
「……何よ」
「……僕は努力してる」
マルフォイは言った。
「必死に君の理想に近づこうとしてる、なのにその言い方はないんじゃないか?」
「……そうね、あなたはすごく良くなった」
ルナは彼の手を振り払った。
「けど、それを褒めてもらおうと思うところがまだ子供ね……おやすみ」
ルナは彼の頬に口づけた。ただの気まぐれだった。そしてグリフィンドール塔へ歩き出した。
ルナが思っているより、マルフォイはルナのことが好きなようだった。翌日から、マルフォイはクラッブとゴイルを引き連れず、一人でいるところを見るようになった。ハリーたちに絡むこともなく、魔法薬学の授業中もおとなしくしていた。それを疑問に思ったのは、ハリーたちだけじゃないようだった。
「……マルフォイの様子がおかしい」
授業後に呼び出されたルナに、セブルスはそう言った。今までは自分と一緒にハリーたちを嘲笑ってきたのに、それをしないのはおかしいと思っているようだった。
「何か知ってるか?」
「さあ。きっと心を入れ替えたんだわ、セブルスみたいに子供じゃないのよ」
「……どういう意味だ?」
「冗談よ、そんな怒らないで……」
進路を決定する紙を提出した後で、ルナはマルフォイと付き合っても良いと思うようになっていた。だからルナはマルフォイに手紙を書き、四階の空き教室で彼を待った。マルフォイは時間通りに現れた。
「ごめん、待ったか?」
「ううん」
机に凭れていたルナは立ち上がった。
「それで話って?」
マルフォイは期待しているようだった。ルナは微笑みながら言った。
「単刀直入に言うけど……私、今のあなたが好きよ」
マルフォイも口角を上げた。ハリーたちに見せていた、邪悪なせせら笑いとは違うものだった。
「じゃあ、僕と付き合ってくれるのかい?」
「うん。ただ、誰にもそのことは知られたくないの。だから一緒にホグズミードに行けないし、こうしてこっそり会うことになる」
「それは、君の父さんに知られたくないからか?」
マルフォイは眉間に皺を寄せた。
「そうね、知られたらきっと面倒なことになるわ。あなたもハリーと同じような扱いを受けるかもしれない」
ルナはでまかせを言ったが、マルフォイは信じたようだった。彼は深刻な顔をしていた。
「……それは嫌だな」
「でしょう?」
「じゃあ、毎週末ここで会おう。夕食後に」
マルフォイはそう言って、ルナを抱き寄せた。マルフォイはセブルスよりも体が細かったが、骨張っていて異性と言うことを嫌でも感じさせた。
「夢みたいだ」
マルフォイは熱に浮かされたように言った。
「夢じゃないわ」とルナはその背中に腕を回しながら答えた。
「……ルナ、こっちを見て」
マルフォイに名前を呼ばれて、嫌な気はしなかった。見上げると、頬をそっと触られる。ああ、キスされるのだ。ルナは悟って、目を閉じた。柔らかい感触。初めてのキスは夕食でデザートを食べたからか、甘い味がした。
DAの活動は続いていて、ネビルはめざましい成長を見せていた。ルナもまた、一通りの呪文は使えるようになっていた。そしてパトローナスも習得できた。ルナのパトローナスはコウモリだった。てっきりドラコのフェレットが出てくると思い、覚悟していたルナは拍子抜けした。ドラコとの付き合いはまだ浅いのだった。
O.W.Lが始まり、闇の魔術に対する防衛術の実践で、ルナは完璧だと自信を持って言えるような出来映えだった。魔法薬学も満点だと思ったし、呪文学と変身術についても自信があった。ヒーラーになるためには基礎的な学問は優を取らなければならない。ドラコとの逢瀬やDAの集会がある一方で、ルナは夜遅くまで勉強していた。その甲斐が試験にも現れた。
ハリーたちが神秘部でルシウスやベラトリックスたちと戦闘したと聞いたのは、試験が終わった日の次の日のことだった。急いで医務室に行くとハリーたちがいた。
「……大丈夫なの?」
ルナはハリーに向かって声をかけた。
「大丈夫だよ。君こそ大丈夫? すごく顔色が悪い……」
「あなたが心配だからよ!」
ルナは言った。
「いつもいつも、ハリー、あなたは危険な目に遭うわ。私はあなたを心配してるの」
「……どうしてそんなに心配してくれるんだい?」
「それは、私があなたの妹だからよ」
しんと部屋が静まりかえった。ハリーは愕然とこちらを見ていた。
「君が、僕の妹? でも、シリウスもそんなこと言ってなかった……」
「私が言わないでってみんなに言ったの。そのときが来たら自分で話すからって」
ハリーは信じられないというように首を振った。
「とにかくハリー、自分から危険なところには行かないって約束して」
「……わかった」
ルナは彼が頷いたのを見て、医務室を出た。きっと約束をしても、ハリーは例のあの人と戦うために危険な道を行くだろう。それはわかっていた。ハリーはそういう運命なのだと悟り始めていた。
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