翌日から、ルナは休暇中に出された大量の宿題に手をつけた。今までハリーのこともありそれどころではなかったが、始めてみると良い現実逃避になった。ルナは勉強に没頭した。ハリーが兄弟だったからと言って、ヒーラーになるという目標がなくなることはなかった。むしろその思いは強くなっていた。トーナメントも始まった今、いつ何が起こるかわからない。マダム・ポンフリーのところにも毎日通い、一通りの救命術は教わった。
「これであなたに教えることはなくなりましたよ」
 マダム・ポンフリーは言った。
「それにしても、あなたの熱意とその知識の深さには驚きました……自分で本を買って勉強していたのですか?」
「……スネイプ先生が買ってくれました」
「あなたの夢を後押ししてくれているのですね、いいお父様です」
 感嘆する彼女に、ルナはぎこちなく笑った。
 授業が始まり、学校生活が戻ってきた。以前と変わったのは、魔法生物飼育学の授業の教師が、ハグリッドから代用の教師に代わったことだった。リータ・スキーターという新聞記者が、ハグリッドが半巨人であると暴いてしまったからだった。彼女は以前にもハリーについての記事を書き――ハリーがまるで同情すべき可哀想な男の子のように書かれていた――ルナは好きではなかったが、今回の件ではっきりと嫌いになった。小屋に閉じこもるハグリッドの元へ、ルナはハリーたちと行き彼を説得した。結果、彼は自信を取り戻し、教師として復帰することになった。
 二月二十四日には、トーナメントの二回戦が行われた。課題は湖の中に水中人といる選手たちの大切な人を一時間以内に助け出すという過酷なものだった。ハリーは何かを飲み込み、湖へと入っていった。最初に出てきたのはセドリックだった。チョウ・チャンを抱えていた。次に現れたのはフラーだった。彼女は何も抱えていなかった。グリンディローに襲われたようで怪我をしていた。ルナはマダム・ポンフリーと共に治療を手伝いたかったが、彼女の性格上「私の仕事を奪う気ですか?」と嫌みを言われそうだったのでやめた。フラーは取り乱していた。水中にいるのは彼女の妹のようだった。再び潜ろうとする彼女を、マダム・マクシームが必死に止めていた。
 次に出てきたのはクラムだった。クラムはハーマイオニーを抱えていた。肝心のハリーは未だ現れなかった。ルナは彼の無事を祈った。一時間が過ぎた。そして――ハリーがロンとフラーの妹を連れて上がってきた。マダム・ポンフリーが彼らに気力増強薬を飲ませ、耳から湯気を噴き出させた。しばらくして、バグマンの声が響いた。
「紳士淑女の皆さま、審査結果が出ました。水中人の族長、マーカスが、湖底で何があったのかを詳細に話してくれました。そこで、各代表選手は五十点満点で、次のような得点となりました――」
「ミス・フラー・デラクール。素晴らしい『泡頭呪文』を使ったが、グリンディローに襲われ、ゴールに辿り着けず、人質を取り返すことが出来なかった。得点は二十五点」
 スタンドから拍手が沸いた。
「私は零点の人です」見事な髪を横に振りながら、フラーが喉を詰まらせて言った。
「セドリック・ディゴリー君。やはり『泡頭呪文』を使い、最初に人質を連れて帰って来た。ただし、制限時間の一時間を一分オーバー。そこで、四十七点を与えます」
「ビクトール・クラム君は、変身術が中途半端だったが、効果的なことに変わりはなかった。人質を連れ戻したのは二番目だった。得点は、四十点」
 カルカロフが得意顔で、特に大きく拍手した。
「ハリー・ポッター君のギリウィードは、とくに効果が大きく」と、バグマンの解説は続いた。「戻って来たのは最後だったし、一時間の制限時間を大きくオーバーしていた。しかし、水中人の族長の報告によれば、ポッター君は最初に人質に到着したとのことだった。遅れたのは、自分の人質だけではなく、全部の人質を安全に戻らせようという行動に出たせいだとのこと」
 ハリーならそうするだろう、とルナは思った。だって、もしルナがハリーの立場だったらそうするからだ。
「ほとんどの審査員が、これこそ道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見だった。しかしながら――ポッター君の得点は四十五点です」
 ハリーはセドリックと同率一位になった。ルナは観衆と一緒に力いっぱい拍手した。
「第三の課題、最終課題は、六月二十四日の夕暮れ時に行なわれます」と、引き続きバグマンの声がした。「代表選手は、そのきっかり一箇月前に、課題の内容を知らされることになります。皆さん、代表選手の応援をありがとうございました」

 リータ・スキーターが、ハリーが魔性の女、ハーマイオニーに気があるという記事を書いたのは、その次の日のことだった。魔法薬学の授業の前、スリザリン生は『週間魔女』を持ち、クスクスと笑っていた。授業中も彼らはハーマイオニーたちの方を見ていたが、ハーマイオニーにそんな効果は通用せず、皮肉っぽく微笑んで手を振っていた。ルナはネビルと共にその様子を見ていた。しかし、ネビルはこれから調合する『頭冴え薬』への不安でいっぱいで、そんなことに気をかけていられないようだった。
「これ、このくらい潰せばいいのかな?」ネビルはタマオシコガネを潰しながら言った。
「汁が出てくれば良いのよ」と、ルナは言った。
 ハリーたちの方を見れば、ちょうどセブルスが彼らに近づいたところだった。
「きみの個人生活の話は、疑う余地もなく確かにそうだが、ミス・グレンジャー。私の授業では、そういう話はご遠慮願いたいですな。グリフィンドール、十点減点」
 教室中が、三人を振り返って見ていた。
「ふむ――その上、机の下で雑誌を読んでいたな?」セブルスは『週刊魔女』を取り上げた。「グリフィンドール、もう十点減点――ふむ、しかし、なるほど――ポッターは、自分の記事を読むことに忙しいようだな――」
 スリザリン生の笑いが響いた。セブルスの薄い唇が歪み、不快な笑いが浮かんだ。セブルスは声を出して記事を読みはじめた。
「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み――おお、そうか、ポッター、今度は何の病気かね? ほかの少年とは違う。そうかもしれんな――ハリー・ポッターの応援団としては、次にはもっと相応しい相手に心を捧げることを、願うばかりである」スリザリン生の大爆笑が続く中、「感動的ではないか」セブルスは雑誌を丸めながら鼻先で笑った。「さて、三人を別々に座らせたほうが良さそうだ。もつれた恋愛関係より、魔法薬のほうに集中できるようにな。ウィーズリー、ここに残れ。ミス・グレンジャー、こっちへ。ミス・パーキンソンの横に。ポッター――私の机の前のテーブルへ。移動だ。さあ」
 ハリーがセブルスの前のテーブルに移動すると、セブルスがひそひそとハリーに話しかけていることに気づいた。ギリウィードをハリーが盗み出したと思っているのだろう。ルナは彼らの話を聞かずに、薬を作ることに集中した。
 地下牢教室の扉をノックする音がした。
「入れ」と、セブルスが低い声で言った。
 扉が開くのを教室の全員が振り向いて見た。カルカロフだった。彼は山羊ヒゲを指で捻りながら、なにやら興奮していた。
「話がある」と、カルカロフはセブルスのところまで来ると、出し抜けに言った。
「授業が終わってから話そう、カルカロフ――」セブルスが呟くように言った。しかし、カルカロフはそれを遮った。
「いま話したい。セブルス、君が逃げられないときに。君は私を避け続けている」
「授業のあとだ」と、セブルスがきつく言った。
 カルカロフは、二時限続きの授業の間、ずっとセブルスの机の後ろでうろうろしていた。彼は何かを心配しているようだった。セブルスはカルカロフと知り合いなのだろうか。知り合いだとしたら、カルカロフも元デスイーターなのだろうか。ルナは考えるのをやめた。自分には関係のないことだ。

 それが関係のないことではないと思い知らされたのは、第三の課題が終わった後のことだった。ハリーはセドリックの亡骸と共に現れ、ダンブルドアたちは皆城へと入った。ルナたち観衆は思わぬことに呆然としていたが、動かないようにと言いつけられ、その場で憶測を話すしかなかった。
「例のあの人が復活したって、ハリーが言ってたけどどういうことだろう?」
「セドリックは本当に死んだの?」
「……ルナ?」
 隣にいたネビルが、心配そうに言った。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「……大丈夫」
 ルナは微笑んでみせた。内心は動揺し、すぐにでも彼らの元に行きたかった。例のあの人が復活したのなら、セブルスもまたデスイーターにならなければいけなくなるかもしれない。不安でたまらなかった。
 翌朝、ダンブルドアがハリーをそっとしておくよう皆に話した。そして、ふくろうがルナに一枚の紙を渡した。
 
 朝食を食べたら私の部屋に来なさい。
 
 名前がなくとも、その神経質そうな筆跡からセブルスだとわかった。ルナはハイ・テーブルを見上げた。そこに彼の姿はなかった。
 朝食を食べ終えると、言われたとおりセブルスの部屋に向かった。セブルスはルナを迎え入れると、ソファに座るよう言った。その向かいにセブルスが腰掛けた。
「……これから話すことは、他言無用だ」
 セブルスはそう言うと、昨日起こったことを語った。ハリーがセドリックとともに優勝杯を触ると、それはポートキーになっていて例のあの人の元に飛んだこと。セドリックが死に、例のあの人が復活したこと。クラウチの息子がムーディに扮していたこと。
「私はダンブルドアに、ダークロード側のスパイになるよう言われている」
 あまりのことに絶句するルナに、セブルスは言った。
「それって――」
「デスイーターに戻ると言うことだ」
「そんな……!」
 ルナは立ち上がり、セブルスの隣に座った。
「セブルスは大丈夫なの? どうしてダンブルドアは、セブルスにそんな危険なことをさせるの?」
「……それが約束だからだ。仕方がない」
「だからって――」
「君は休暇中、スピナーズ・エンドではなくダンブルドアの元に行け」
 セブルスはルナの言葉を遮って言った。
「私といれば危険が伴う……それに、私の唯一の弱みが君だ。ダークロードが君の存在に目をつければ――」
 セブルスは視線を落とした。ルナは思わず彼の手を取った。その手は凍り付いているかのように冷たかった。
「私――私、言うとおりにするわ。あのね、マダム・ポンフリーから救命術も一通り教わったの。私、もっと勉強してセブルスに何かあったときに助けられるようにする――」
「ああ、ルナ――」
 セブルスは自分を抱きしめた。そして自分の髪にその鼻を埋め、囁くように言った。
ルナ――私の愛しいルナ――君のためなら何だってできる――」
 こんなにセブルスが自分を思ってくれているとは知らず、ルナは戸惑ったものの、腕をセブルスの背中に回した。
「……私もよ、セブルス」
 頭をそっと撫でられる。その優しい手つきに、ルナは目を閉じた。


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