01

 メイジーミラーにとって、朝、目を覚ますときの気分は、いつも最高だった。とりわけ、今日の気分は最高も最高、絶好調だった。
「ホグワーツ!」
 両手を挙げて勢いよく起き上がる。今日は九月一日、待ちに待った入学の日。カーテンを開けると、窓の外はメイジーを祝福するかのように、晴れ渡っていた。嬉しくなって、太陽に向かってもう一度叫ぶ。
「ホグワーツ!」
 すぐにパジャマからワンピースに着替え、昨日の夜に用意していたトランクを持ち、階下へ駆け下りた。
「こら、家の中を走らない!」
「おはよう、おばあちゃん」
 メイジーの祖母であるイライザは、杖を振って朝食の準備をしていた。メイジーは廊下を走ってトランクを玄関に置き、洗面所で身支度をした。第一印象が「イケてる」女子になるためには、髪型は重要だ。三つ編みはかわいいけどちょっとダサい。ツインテールは子供っぽすぎるから駄目。メイジーは悩みに悩んで、シンプルなポニーテールにした。最後に色つきのリップを唇にのせ、鏡に映った自分をまじまじと見る――まあ、及第点。
メイジー、いつまで洗面所にいるつもりだい。ご飯できてるよ」
「はーい」
 メイジーはキッチンに戻った。イライザは歩行杖を片手に、足を引きずるようにして、テーブルに皿を置いている。メイジーはコーヒーとカフェオレの入った二つのコップを持って、テーブルに座った。イライザもその向かいに、ゆっくりと腰を下ろす。
「今日の段取りはわかってるかい? まずマグルの――」
「マグルの電車で、二駅先のキングス・クロスに向かう」
 スクランブルエッグを食べながら、メイジーは滑らかに言った。
「そこの九番線と一〇番線の間の壁をすり抜けると、九と四分の三番線ホームに出る。ホグワーツ特急に乗って、窓の外が暗くなってきたらローブを着る。完璧だよ、おばあちゃん! 何回シミュレーションしたと思ってんの」
「……あんたがホグワーツに行く日が来るとはねえ」
 イライザはコーヒーを飲み、しみじみと言った。「先生の言うことはちゃんと聞くんだよ! お前は人の話を聞かないで突っ走るところがあるから、気をつけること! いいかい?」
 メイジーはトーストをかじりながら「はーい」と適当に返した。その生返事に、「わたしゃ心配だよ、まったく」とイライザが顔をしかめる。
「でも、勉強には自信があるよ。もう教科書は何度も読んで暗記してるし」
「そりゃあ勉強も大事だけど、人との関係も大事だよ。お前がホグワーツに行って、少しでもそれを学んできたら、私は何も言うことないね」
「失礼な! 人間関係だって、私、ちゃんと築けるよ」
「さあ、どうだかね」
 朝食を食べ終わり、メイジーは再び洗面所に戻った。リップを塗り直して、様々な角度で自分を見る。何度も言うが、友達作りには第一印象が肝心だ。清潔感あり、今歯磨きしたから息も爽やか、ポニーテールも似合っている。うん、完璧だ。
「わあ、もう一〇時? 早く行かなきゃ!」
 時計を見てすぐさま玄関に向かうメイジーに、イライザは後ろからため息をついた。
「なんだって、慌ただしい子だねえ」
「じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。クリスマスに帰ってくるんだよ」
「はーい」
 メイジーは重いトランクを持って外へ飛び出した。イライザは足が悪いので一緒には来ない。
 外はあまり暑くもなく、ちょうどいい気温だった。今日は特別な日だからか、周りを歩く人も、道ばたの花々も、自分に笑いかけてくれているように思える。上機嫌に鼻歌を歌いながら、メイジーはたかたかと近くの駅まで歩き、キングス・クロス行きの電車に乗った。イライザがあまり外に出ないため、メイジーは今まで、もっぱらマグルの手段を取っていた。そのためキングス・クロス駅にも行ったことがあり、どれだけ多くの人が駅の中を歩いていても、メイジーは驚かなかった。
「九番線は……あっちか」
 トランクが重すぎて、手が痛くなってきていた。メイジーは早く列車に乗ろうと、九番線を目指して歩いた。ようやくたどり着いた九と一〇番線の間の壁は、レンガ造りで何の変哲もない壁だった。近づいて、壁を叩いてみる。硬い感触が返ってきた。
 ――九と四分の三番線に行きたいと思わないと、通れないとか?
 そう思いながらもう一度叩こうとすると、今度は手が向こう側へ通り抜けた。おお、と手を引っ込める。どういう魔法が掛けられているのだろう。ふーむと腕を組んで考えていると、「おい」と後ろから声を掛けられた。そこには、荷物をのせたカートをこちらに向けている、長い黒髪にかぎ鼻の少年――メイジーよりもいくらか年上のようだ――が、自分を睨んでいた。
「邪魔だ」
「あ、ごめん……」
 いそいそと脇にのくと、少年はするりと壁の向こう側へ通っていった。
「何、今の……」
 ――超クールじゃん!
 メイジーは残念ながら、普通の感受性を持ってはいなかった。年上の少年に睨まれたとして、普通なら萎縮するだろう。もしかしたら、憤りを感じるかもしれない。しかしメイジーは違った。彼の冷ややかな眼差しと口調に、一匹狼のような雰囲気を感じ取り、彼をクールだと思ってしまった。どこまでも冷たい黒い瞳、血色の悪い土気色の肌、低く棘のある声。顔に熱が集まり、心臓はばくばくと音を立てる。メイジーは彼を追いかけるように壁を通り抜けた――つまり、恋をしてしまったのだった。
 通り抜けた先は、広いプラットホームになっていた。まず深紅のホグワーツ特急が目に入り、「わあー」とメイジーは感嘆する。生徒たちは家族との別れや、久々の友人との再会に忙しそうだった。ふくろうなどのペットを飼っている生徒も多く、がやがやした声に紛れて、動物の鳴き声がそこかしこから聞こえた。
 メイジーは先ほどの少年を探したが、ホームには見当たらなかった。トランクを持つ手も限界になってきていたので、汽車に乗り込むことにした。汽車の中はコンパートメントで仕切られていた。とりあえず荷物を置いてから、先ほどの少年を探しに行こう。そう思って進んでいると、奥の方に空いているコンパートメントを見つけた。中には金髪の少年が一人、座っている。
「ここ、空いてる?」
「ああ、空いてるよ」
 明るい青い目をした少年は、とても整った顔をしていたが、メイジーの心は一切動かなかった。「よかった」とトランクをよいしょと運びながら、少年の向かいに座る。
「君、今日から入学かい?」
「うん、あなたも?」
「そうだよ」と少年が頷いた。
「どこに組み分けられるかなあ、僕としてはどこでもいいんだけど」
 メイジーはまじまじと少年を見た。
「どこでもいい? なんで?」
「どの寮に組み分けられようが、僕がホグワーツの歴史をひっくり返すくらいの大物になることは確定してるんだ」
 少年は自信たっぷりに言った。冗談ではなく本気で言っているようだった。
 ――えっ、面白っ!
 メイジーの感性は先ほども言ったとおり、普通ではないため、彼に引くどころか、珍獣を見るような好奇心が湧いていた。汽笛が鳴り、動き始めた汽車とともに、メイジーは彼に興味を持ち始めた。
「ねえ、名前教えて?」
「ギルデロイ・ロックハート。君は?」
「私はメイジーメイジーミラー
「よろしく」
 片手を差し出され、メイジーは笑いながら握手した。
「大物になるって、具体的にどんなことをするの?」
「例えば、賢者の石を作ったり、クィディッチイギリス代表のシーカーになることだね」とギルデロイは至って真面目な顔で言った。
「ただ、ホグワーツは僕にとって、通過点の一つに過ぎないんだ。最終的には、最年少の魔法大臣になる。まあ、僕の可能性はそれ以上にあるから、なんだってなれるんだけど」
 メイジーは笑いを堪えきれなかった。いったいどんな家庭で育ったら、ここまで自己肯定感と妄想の強い子が生まれるのだろう。出てきた涙を拭っていると、ギルデロイもさすがに不審に思ったらしく、「何が可笑しいんだい?」と尋ねられた。
「いや、面白くて……サイコーだよ、あんた。ギルって呼んでいい?」
「いいけど……それは褒められてるのかい?」
「褒めてる褒めてる……ギルの家族はどんな感じ?」
「マグルの父親と、魔女の母親、それからスクイブの姉が二人いるよ。ホグワーツに入学するのは僕だけなんだ」
 なるほど、たった一人の魔法使いだから、ちやほやされてきたのか。メイジーはギルデロイを生んだ家族へ感謝した。おかげでホグワーツまでは退屈しないで済む。
「君の家族は?」
「ギルと同じだよ。マグルの父親と魔女の母親。けどお母さんは私が生まれてすぐに死んじゃって、今は母方のおばあちゃんと暮らしてる」
「父親はどこかに行ったの?」
「うん、どっか行っちゃった。おばあちゃんが言うには、たぶんお母さんの魔法が受け入れられなかったんだろうって」
 メイジーは父親に関しては、恨みも何も持っていなかった。マグルにしてみれば、魔法が受け入れられないという気持ちもわかる。「ふーん」とギルデロイは相づちを打った。
 二人はそれから、窓の外が暗くなるまでたくさんのことを話した。ギルデロイは自信たっぷりにこの先の予定を語った。
「まず、一年生のうちに自分の寮の最年少シーカーになるんだ。それからめきめきと頭角を現して、イギリス代表チームからスカウトが来る。それが四年生の頃かな。同時進行で賢者の石も作らないといけない。これにはなるべく早く手をつけたいんだ。だから入学してすぐくらいから行動しないといけない――」
 彼の話は飽きなかった。メイジーは我慢できずに笑うときもあったが、「計画がすごすぎて笑えるんだよ」と言うと、ギルデロイは誇らしげに微笑んだ。その様子がまた可笑しくて、メイジーは笑うのだった。
「そろそろ着くからローブを着た方が良いわ」
 コンパートメントが開き、グリフィンドールのローブを着た、赤毛の少女が言った。彼女は監督生バッチをつけていた。「はーい」と返事した途端に、メイジーは先ほどの少年を探したかったことを思い出した。
「ギルの話が面白すぎて、あの人を探すの忘れてた!」
「あの人?」
「私の初恋の人! とってもクールなの」
 少年を思い出してうっとりと目を細める。ギルデロイはやはり、「ふーん」と相づちを打った。
 ホグワーツに一番近い駅にたどり着くと、生徒たちに押されるように列車を降りた。夜の冷たい空気に身が震える。
「一年生、一年生はこっち!」と大きな声が聞こえた。そちらに行くと、とてつもなく大きくて、もじゃもじゃと顎ひげの生えた中年の男の人が、ランプを持って立っていた。
「よし、揃ったか? そんじゃ、出発!」
 険しく狭い道を、彼の後について降りていった。皆は黙々と歩いた。
「みんな、ホグワーツが間もなく見えるぞ。この角を曲がったらだ」
「おおーっ」と歓声が沸き起こった。メイジーも「わあー!」と荘厳な城の姿に感動した。大小様々な塔が並び立ち、窓が星のようにきらめいていた。
 それからボートに乗り、石段を登って巨大な扉の前に集まった。
「みんな、いるか?」
 男の人は大きな握り拳を上げ、扉を三回叩いた。中からエメラルドグリーンのローブを着た、背の高い魔女が現れた。とても厳しそうな顔をしていた。
「マクゴナガル先生、一年生のみんなです」
「ご苦労様です、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
 彼女は扉を大きく開いた。玄関ホールは想像以上に広く、松明に照らされていた。マクゴナガル先生の後について、生徒たちは石畳のホールを横切り、小部屋の中に入った。
「ホグワーツにようこそ」
 マクゴナガル先生は挨拶した。そしてこれから組み分けの儀式がされること、どの寮に入っても正しい行いをすることを話した。準備が終わるまで待つようにと彼女は言うと、部屋を出て行った。途端にひそひそと皆が話し出した。どうやって組み分けされるのか、知らない生徒が多いようだった。メイジーはイライザから聞いていたので、まったく心配していなかったが、隣の女の子は覚えてきた呪文をしきりに小さな声で唱えていた。
 やがてマクゴナガル先生に案内され、大広間へ入った。四つのテーブルには生徒たちが詰め込まれ、天井にはきれいな星空が映し出されていた。「わあー!」とメイジーは再び感嘆した。いったいどんな魔法が使われているのか、見当も付かないくらい、壮大な魔法だった。
 古ぼけた組み分け帽子の歌が終わると、すぐに組み分けに移った。マクゴナガル先生が名前を呼び、その生徒が帽子を被るのだ。
「ロックハート、ギルデロイ」
 ギルデロイはゆったりした歩き方で椅子に座り、帽子を被った。数秒後、「レイブンクロー!」と帽子は叫んだ。ギルデロイはレイブンクローのテーブルへ、これまたゆったりと歩いて行った。
 ――へえー、レイブンクローかあ。
ミラーメイジー
 メイジーはギルデロイのように、落ち着いて席に座り、帽子を被った。
「ふむ」と帽子の声が頭の中に響いた。
「聡明な部分もあるが、人をだます狡猾なところもある。レイブンクローとスリザリン、どちらに入れたものか」
「レイブンクローがいい」とメイジーは思った。 ギルデロイと一緒の寮ならば、学生生活も退屈しないだろう。そんな軽い気持ちだった。
「ならば――レイブンクロー!」
 メイジーは拍手とともに帽子を脱ぎ、レイブンクローのテーブルに向かった。ギルデロイも他の生徒たちも、笑顔でメイジーを迎えてくれた。メイジーは無意識にあの少年を探したが、このテーブルにはいなかった。ではどこにいるのだろうと他のテーブルを探すと、彼はスリザリンのテーブルで、組み分けを眺めていた。
「ガッデム!」
 メイジーは頭を抱えた。今更後悔しても、もう遅い。

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