裏の逆の外

04/18

 ホテルの一室で、捜査員たちがテーブルを囲む。相沢の隣に座るナナは、報告しようと口を開いた。

「月さんが取った科目はすべて取りました。あとは近付くだけです」

「わかりました。深い仲になれる様、頑張ってください」

「はい」

 今度は宇生田が口を開く。

「南空ナオミの方ですが、結局ホテル従業員の『12月27日深夜からいない』という証言しか……もう公開捜査に踏み切るべきでは? 聞き込みを一人二人でしていても限界がありますよ」

「キラ事件に関係しているという形で公開すれば、彼女が生きていた場合、キラに殺される恐れがある。やるならキラ事件と無関係とし、写真は避け似顔絵にするべきでしょうね」

 宇生田はため息をついた。

「まったく……やりにくいな。キラ事件と言わなければ世間は興味を持たない。そして興味を示すだけでキラを恐れ関わりたがらない」

「しかし、行方不明になってもう4ヶ月……死んでいるとしか……」

「死人に口なしか……そうなると探す意味すら……」

「死んでいるとしても、彼女から何か聞いている者がいるかもしれませんし、遺体が出てこないのもおかしい。出てくればそこから何かつかめるかもしれません」

 竜崎が士気を上げるが、宇生田は言った。

「何か聞いてる人がいれば、とっくに名乗り出てくれてると思いますけどね」

「竜崎!」

 ワタリが飛び込んできた。

「どうした?」

「さくらTVを……大変な事に」

 ワタリがリモコンでテレビをつける。映し出されたのは、『キラからのメッセージ、4本のビデオ』という題名の番組だった。

『つまり、私たちはキラの人質であると共に、報道陣の指名を受けこの報道をする者であり、決して興味本位でこのテープを放映するものではないという事をご理解ください』

「キラの人質?」

「なんだこれは?」

『4日前、当番組ディレクターに送られてきた4本のテープ。それは間違いなくキラから送られてきたものでした。1本目のテープには、先日逮捕された町場青一・青次容疑者の死亡日時予告が入っていました。そしてその予告通り、昨日19時にこの二人が心臓麻痺で亡くなったのです。こんな事はキラにしかできない。これはキラから送られてきた物だと私達は判断しました。そしてキラは今日の午後5時59分ちょうどからこの2本目のビデオを放映する様指示しているのです。我々もまだ見ておりませんが、テレビをご覧の皆様にまたキラだと証明できる殺人予告を――世界の人々に向けてのメッセージが入っているとの事です』

 司会者がテープを女性に手渡す。

「ま、またヤラセじゃないのか?」

「まさか……いくらなんでもこんな悪質なヤラセは……」

『では5時59分です。ご覧ください』

 画面にKIRAという荒い文字が、白背景に黒で映される。

『私はキラです。このビデオが4月18日午後5時59分ちょうどに流されれば、今は午後5時59分38・39・40秒……チャンネルを太陽テレビに替えてください。メインキャスターの日々間数彦氏が6時ちょうどに心臓麻痺で死にます』

「お…おい」

「まさか……」

「替えて!」

 ナナは慌てて手元にあったリモコンを押した。日々間数彦はテーブルに突っ伏し、死んでいた。

「チャンネルを戻してください。ワタリ、テレビをここへもう一台…いや二台」

「はい」

『日々間氏はキラを悪だと主張し、報道し続けてきました。その報いです。一人では確実な証明にはなりません。もう一人犠牲になってもらいます。ターゲットは同じく今、生放送の予定にある、私を否定してきたコメンテーター……』

「り…竜崎……」

「チャンネル24に!」

 ナナが替えるとコメンテーターは椅子の上で仰向けになっていた。

「キラは世界の人々に向け、メッセージを流すと言っていたな……この放送、止めさせないとまずい事になる!」

「さくらTVの電話番号を!」

 松田が電話へと走る。

「だ…駄目だ、局のどこに掛けても通話中……」

「局内の知り合いの携帯は電源が入ってない」

「く…くそっ、俺が直接局に行って止めさせてやる」

「宇生田さん!」

 ナナは宇生田を止めようと後を追いかけた。

「宇生田さん、駄目です! 危ないですよ!!」

「こうするしか方法はないんだ! 俺を止めるな!」

 ナナの制止も聞かず、宇生田は部屋を飛び出していった。テレビからは機械で作られた荒い音声が響く。

『私を捕まえようとしなければ、罪のない人間は死にません。私に同意できなくとも、メディアに乗せ公にしたりしなければ殺したりしません。そして少しの間待ってください。誰もが崇める世界になります。私にはできます。心の優しい人間を主とした世界に変える事が。想像してください。世界の警察と私が守る世界を……そこに悪は存在できなく――』

 竜崎の前にテレビがもう2台用意された。そのうちの一つから女性の音声が聞こえてくる。

『番組を変更し、さくらTV前からの生中継をお送りする事に致します。今さくらTV前で倒れた人物がいるとの情報が入りました。こ…これはライブ中継です。我々スタッフをお見せすることはできませんが、これはさくらTV前の映像です!』

 倒れているのは――

「宇生田!! く…くっそ――キラか?」

 テレビを見た後すぐに相沢が走り出す。それを見て竜崎が口を開いた。

「相沢さん、駄目ですよ。どこに行く気ですか?」

「宇生田のところに決まってるだろ。そしてビデオもオレが回収してくる」

「今あそこにいくと殺されますよ」

「り…竜崎、ここで黙ってテレビ観てろって言うのか!?」

「冷静になってくださいと言ってるんです。私だってあのビデオの放映は止めたい。それにビデオを送って来たままの形で全部押収できれば、そこからキラの手掛かりをつかめる可能性も高い。しかし宇生田さんがキラにやられたのだとしたら、あそこに行けば同じ目に遭います」

「つまり偽装の警察手帳も役に立たなかった!! 俺達の名前はキラにバレてるって事じゃないのか!?」

「あるいはそうかもしれません。しかしそれだとキラは捜査の人間を全員殺しておいて動く方が楽なはず……『キラは殺人に顔と名前が必要』というのが私の推理でしたが、これを見ている限り『顔だけでも殺せる』可能性も0ではないとしか……今の時点で確実に言える事は、宇生田さんはあそこに行ったからやられたという事です。他局にさくらTVが映される前にです。つまり、キラはあのテレビ局内、もしくは局に入る者を監視できる所にいるという事になります。自分でどこかに監視カメラを付けているのかもしれません」

 相沢が声を荒げる。

「キラがあの周辺にいると思うなら、余計行くべきじゃないか!!」

「のこのこ出て行けば殺されると言ってるんです。わかってください」

「わからねーよ……宇生田は殺されたかもしれないんだぞ!! あんただってキラ逮捕に命懸けてんだろ!?」

 相沢は竜崎の左肩を強く掴んだ。

「い…命を懸ける事と命をやすやす奪われる可能性がある事をするのは、正反対の事です。気持ちはわかりますが堪えてください。宇生田さんがやられ、これでもし相沢さんの命まで奪われてしまったら……」

 足を持つ竜崎の手は震えていた。相沢は手を放し、じっと竜崎の震えを見つめる。
 ナナはその震えを見つめながらも、宇生田をなんとか止める事ができたんじゃないかと後悔していた。宇生田が殺されたのは自分のせいだ。自分が止めなかったから……

「……佐藤さん。宇生田さんが殺されたのは誰のせいでもありません」

 心を読んだ様に、竜崎が呟く。

「キラのせいです。そこを履き違えないでください」

「はい……」

 ナナは無意識に握っていた拳を開く。そうだ、宇生田はキラにやられたのだ。自分ではなく。
 心が軽くなると同時に、ドガッと言う大きな音がテレビから聞こえてきた。顔を上げテレビを見ると、さくらTVに護送車が突入したところだった。

『ああ! と…突入です!! さくらTVに車が突入しました!!』

「な…何だ!?」

「まあ、あれなら外からは姿を見られずにテレビ局内に入れますね。しかし宇生田さんがキラにやられたのだとしたら、キラが局内から見ていた可能性も高い。危険な賭けかも……」

「そ、それより誰が? 我々の味方なのか?」

「い…一応警察車両だが……」

『あっ……今やっと一台のパトカーがさくらTV前に到着しました!』

「我々だけじゃない……まだ警察の中にも立ち上がる者はいるんだ……」

 松田がテレビを見ながら呟く。

「そうですね、捜査本部の人間なんて、警察のごく一部の人間だったわけですから……相沢さん、北村次長の電話番号知ってましたよね?」

「あ、はい」

「電話をして繋がったら私に下さい」

 相沢が携帯を操作し、竜崎に渡す。

「Lです。お願いがあります。この報道を見て、自己の正義感で動く警察関係者が出てきます。上に統制を執って頂かないと惨事になりかねません。はい…そうです。姿を見せない様……」

 そこでワタリの携帯が鳴った。

「夜神さんだ」

「えっ、局長!?」

「では次長お願いしま……いや、そのまま切らずにいてください。ワタリ、早く折り返しかけて電話を私に」

 ワタリの携帯を竜崎が取る。

「夜神さん、私です。やはりあなたが護送車で……体の方は大丈夫なんですか?……ちょっと待ってください」

 竜崎はもう片方の携帯を耳にかざした。

「次長、突っ込んだのは夜神局長です」

 ワタリの携帯を耳にかざす。

「夜神さん、5分そこで休んでから、正面玄関から堂々と出てきてください」

 テレビを見ていると、特攻隊が盾で隙間のないよう壁を造りだした。

(なるほど、これなら堂々と出れる……)

 ナナは感心しながら竜崎を見る。竜崎は何を考えているのかわからない表情で、皆と同じくテレビを見ていた。
 しばらくして、ワタリに抱えられながら夜神が姿を現した。

「局長!」

「竜崎、勝手な真似をしてすまなかった……感情的になりすぎた様だ……」

「いえ」

 夜神は紙袋をかざした。

「キラが送ってきた封筒、テープ、全部入っている。少し休ませてくれ……」

「だ…大丈夫ですか局長……病院に戻った方が……」

 松田が夜神を介抱しながら言う。ナナもその言葉にうなずいた。

「そうですよ、夜神さん」

「何、大丈夫だ。もともと過労で倒れただけだからな」

「でも……」

「相沢さん、これの鑑識お願いできますか?」

 竜崎の言葉に振り向くと、封筒を相沢に渡していた。

「はい。鑑識には顔がきくのでうまくやりますよ。彼等なら指紋、切手を舐めていればそこから情報を……封筒やビデオテープの売られていた地域や映したカメラまで特定できます。映像からも何かつかめるかも……もちろん音声を切ってビデオの内容はわからない様に調べさせます」

「お願いします。私はこっちのコピーのテープの方でまず内容を確認しますので」

 とりあえず、と竜崎は続ける。

「夜神さんは病院に戻ってください。明日の朝までにテープを確認するので、それまで皆さんは宇生田さんのところへ……」

「はい……」

「竜崎、私も行っていいか?」

 ソファに座っていた夜神が竜崎に言う。

「その後でちゃんと病院に戻る」

 竜崎は頷いた。

「いいですよ……ちゃんと戻ってくれるのなら」

「ありがとう、竜崎」

 宇生田が運ばれたのは、偶然にも夜神と同じ茨木病院だった。車に乗り、皆で病院に行くと、宇生田は遺体安置室に置かれているとのことだった。

「我々も手を尽くしたんですが……」

 言いながら、医者が白い布をゆっくりと取る。
 彼の表情は――『無』だった。苦しさも穏やかさもない。ただの無だった。

「宇生田――!」

 相沢が宇生田のベッドへ進み出る。ナナは宇生田を見ていられず俯いた。
 本気で止めようとしたら止められたのに、それができなかった。何もできない自分への悔しさに、涙が溢れてくる。
 ――キラ。人の命を一瞬にして、陳腐な理由で奪うキラが許せなかった。
 押し寄せる涙を静かに拭っていると、ぽんと頭に大きな手が乗った。

「思いきり泣きなさい」

 夜神の手だった。ナナはその安心感に、声をあげて泣きじゃくった。


20160512