01/08
3日後には盗聴器とカメラが設置され、ホテルを移動することとなった。スイートルームの一室で、積み上げられたモニターを前に、夜神、竜崎、ナナが椅子で囲む。モニターには夜神家の玄関先と階段が映し出されていた。
「まだ誰も帰ってきていませんね……」
「そろそろ月が帰ってくる頃だ」
夜神月。夜神総一郎の息子。高校生だというのは、竜崎から聞いていた。
やがて、玄関先に蜂蜜色の髪をした男子高校生が現れた。家の鍵を開け中に入る。
「夜神月……カメラを付けた者の報告では、彼は自分の留守中、部屋に誰か入ってないかをチェックしています。それ以外は部屋に怪しいものはなし。部屋に入りますね。他の部屋内のカメラはナンバー85から……」
竜崎がテーブル上に置かれた機器のナンバーを調節する。月はベッドに座り一息つくと、クローゼットを開け上着を着替えた。
前の世界の月と同じ、整った顔。ピンと伸びた背筋。男らしい仕草。ナナの憧れる月先生がそこに居た。ただこの世界ではキラの容疑がかけられている。思わず見惚れそうになるのを堪え、ナナは客観的な目で月を見つめた。
月はドアを閉める際に、紙をドアに挟んだ。
「! 確かにあそこまで気にしているとは……部屋に何か見られたくないものでもあるのか?」
夜神が月を見つめて言う。
「17歳という事を考えたらそんなに怪しむ事ではありません。私も意味なくやった事があります」
「…………」
竜崎には当時、何か隠したいものでもあったのだろうか。前の世界では現在進行形でやっているのかなと思うと、心がずきりと痛んだ。やはりまだ前の世界に未練がある。それではこの世界で竜崎の役には立てないと、ナナは前を向く。月は玄関で靴を履いているところだった。どこかへ出かけるのだろうか。
「それと夜神さん、彼はキラ事件に興味を持ち、独自に調べているとの話ですが、捜査状況を話した事はありませんか?」
「馬鹿な……家族会議で事件について前もって話した事はあるが……報道されない極秘情報は絶対話はしない。それに……最近はろくに帰ってもないし、帰っても疲れていて眠るだけだ……」
「わかりました……」
竜崎が答えると同時に月は外に出た。そして10分くらい経っただろうか。月が再び玄関先に現れた。
「本屋に行っていたんでしょうか? 袋を持ってます」
ナナが月が持っている袋に目を向けて言うと、竜崎が頷いた。
「そうみたいですね」
月は部屋に戻ると、袋からグラビアの雑誌を取り出し、ベッドの上で読み始めた。画面に映されるきわどい恰好をした女性に、ナナは目を逸らしたくなったが、頑張って見つめた。
「あ……あの真面目な息子があんな雑誌を……」
「17歳なら普通です……が……私には、『部屋に誰かが入ってないか確かめてたのは、こういう本があるからです』と言い訳してるように見えるんです……」
「ま……まさか竜崎、うちの息子を疑っているのか?」
「疑ってますよ……だからお宅と次長の家に盗聴器とカメラを付けたんですから」
竜崎は悠然と言う。月は雑誌を閉じるとため息をついた。
『はーっ、また表紙に騙された……』
ナナにはその発言が引っ掛かった。独り言でも月がそういう言葉を言うだろうか。そもそも前の世界の月は、女性にあまり興味がなさそうに見えた。かと言って男性に興味があると言う訳でもなく、中性的な魅力があった。年頃の男子高校生を演じているように、ナナには思えた。
月は雑誌を『世界の建築家』の冊子に入れると、勉強を始めた。
『お兄ちゃーん、ごーはーんだよー♪』
懐かしい声がした。粧裕の声だ。前の世界とは少し違う、幼い声だった。月は部屋を出てキッチンへと向かった。
キッチンのテーブルには料理が用意され、幸子と粧裕が席に着いていた。ナナは思わず身を乗り出す。久しぶりに見る粧裕は、中学生くらいだろうか。艶やかな黒髪に、かわいらしい表情。前の世界の粧裕は、元気にしているだろうか。
「どうしました、佐藤さん」
「ああ、いえ、何でもないんです。ただ粧裕を……粧裕さんを見て懐かしいなあと思って」
「そういえば、君と粧裕は友達だったんだな」
ナナは夜神の言葉にうなずく。
「はい、そうです……」
『また歌番組か。たまにはニュースくらい見ろよ、粧裕』
『早樹最高じゃん。お兄ちゃんも好きなアイドルくらい作りなさい』
家族の団欒をじっと見ていた竜崎は、無線機を持った。
「相沢さん、北村家は今テレビ見てますか?」
そう確認すると、隣に置いてあったパソコンのボタンを押した。画面に老紳士の顔が映し出される。
「ワタリ、各テレビ局に例のニュースのテロップを流す様指示してください」
「わかりました」
ほどなくして、夜神家のテレビにニュース速報が流れだす。
『あっ、ニュース速報』
テロップはこうだった。『キラ事件に対しICPOは先進各国から総勢1500人の捜査員を日本に派遣することを決定』
『1500人だって、すごっ……』
『馬鹿だな、ICPOも』
『えっ』
『こんな発表をしたら意味がない。送り込むならこっそり入れ、こっそり捜査させるべきだ。極秘で捜査していたFBIでさえあんな目に遭ったのに、これじゃその二の舞になる』
『あっ、そっか! そーだよね、さすがお兄ちゃん』
『だからこれは大げさに報道して、キラを動揺させようとしている警察の作戦さ。でもこれじゃキラにもバレバレじゃないのかな?』
竜崎は月の言葉を親指を咥えて聞いていた。
「賢いですね、息子さん……」
「えっ、ああ、まあ……」
夕飯を食べると、月はポテチョップコンソメ味とコーヒーを持ち、部屋に戻った。
『よしっ、がんばるぞ!! 勉強』
そう気合いを入れると、机に座りコンソメ味を摘まみながら勉強を始めた。
「夕飯の後、息子さんはテレビもパソコンも点けずずっと勉強ですね」
「センター試験まで十日切りましたから」
しばらくして月は食べ終わったコンソメ味をグシャッと潰し、ごみ箱に入れた。やがてワタリが部屋に入ってきた。
「竜崎」
「どうした? ワタリ」
「先程今日9時のニュースで初めて報道された横領容疑の銀行員が、取調べ中、ひったくり犯が留置所で、二人とも心臓麻痺で亡くなりました」
「キラだ!!」
「北村家では次長の奥さんと長女がそのニュースを見てます」
「夜神さん宅はその瞬間、奥さんと娘さんはドラマを見ていた。ドラマが終わるとテレビを消し、その後は一切見ていない。息子さんは7時半過ぎから11時現在まで勉強しかしていない……両家共テレビを受信できる携帯を持っている者はいない。携帯やパソコンでのメールなどのやり取りすらしていない……キラは殺人に顔と名前が必要。そのニュースを見てなかった者はキラではない…が……」
「うちの家族はこれで潔白ですね!!」
「今日のキラはずいぶん罪の軽い者を報道してすぐに殺しましたね……そして、カメラを付けて初日だと言うのに夜神家は面白いほどすんなり白だ……」
「……わたしも、竜崎さんに賛成です。この月さんは、どこか怪しいと感じます。具体的にどこがと聞かれると、何も言えないんですが……」
竜崎はこちらに頷くと、夜神に言った。
「まだカメラを付けて初日です。潔白かどうかはもっと様子を見てから決めましょう」
20160429
20180726