裏の逆の外

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 それからはずっとホテルの部屋に閉じ込められ、ナナは誰にも会えない不安な日々を過ごした。豪華なこの部屋は広かったが、ナナには逆にそれが堪えた。だだっ広い部屋でただ一人しかこの世界にいないような錯覚が起きるからだ。ナナは大きなソファに座り、1日の大半を考え事をして過ごした。思い浮かぶのは家族のこと、友達のこと、クラスメイトのこと、そしてこれからのこと。突然自分がいなくなって、どうしているかが心配だった。
 そして、この世界に来てから5日ほど経ったある日の夜。ドアがノックされ、開いた。

「こんばんは、佐藤さん」

「こんばんは……」

 竜崎に挨拶され、おずおずと挨拶を返す。この世界の彼は、皆と同じくどこか隙のない空気を醸し出していた。

「ホテルを移動するので一緒に来てください」

「はい……」

「一応逃げられないよう、私と手錠を掛けます」

 そう言って、竜崎は手錠を取りだし、ナナの右腕に掛けた。もう片方を竜崎自身の左腕に掛ける。

「さあ、行きましょう」

 左手に必要品の袋を提げたナナは、竜崎とともに廊下へ出て、赤いカーペットを歩き、エレベーターでロビーを目指した。ロビーに着き、絢爛なシャンデリアのもと、歩き出す。ナナに合わせているのか、竜崎はゆっくりとした足取りだった。

「また別のホテルに移動するんですか?」

「はい、そうです。捜査している場所が知られないように」

 竜崎が歩きながら答える。なるほど、と思っているうちに、出口の自動ドアが開いた。
 1月の冷たい空気が肌に刺さる。ナナたちが出てきた瞬間、目の前の黒塗りの車のドアが、ワタリによって開かれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 ナナはワタリにお礼を言うと、竜崎と一緒に乗り込んだ。乗り込むと同時に、竜崎はスニーカーを脱ぎ、ソファの上に裸足で乗る。その格好を見て、ナナの胸に懐かしさが溢れたが、この竜崎は前の世界の竜崎と違う。すぐに懐かしさを振り払った。
 運転席のドアが閉まり、車は動き出す。大きな揺れのない、ゆるやかな運転だった。都内のビルの明かりが車内に差し込む。
 これがナナにとって、唯一のチャンスでもあった。ナナは緊張しながらも、思いきって口を開いた。

「……竜崎さん」

 はい、と隣から竜崎が返事をする。

「その、わたし、部屋にいる間、ずっと考えてたんですけど……あの、わたしも、捜査に協力したいです……!」

「…………」

 返ってきたのは無言だった。ナナは怖じ気づいたが、それでも協力したい思いが強く、もう一度口を開く。

「危険だってことはわかってます。でも、ここにはわたしを知ってる人がいないから、わたしが死んでも悲しむ人はいません」

「……その考え方は間違ってます。悲しむ人がいるいないに関わらず、あなたは一人の命ある人間です」

「そうかもしれないですけど……でも……」

「何故、捜査に協力したいんですか?」

「わたしは拾われている身ですし、食費も何もかも竜崎さんに出していただいてて、何か恩返しがしたいんです。竜崎さんの、役に立つことがしたいんです……!」

「…………」

「お願いです、竜崎さん……捜査に協力させてください……」

 そう懇願して言うと、竜崎は観念したようにゆっくりと頷いた。

「……いいでしょう」

「本当ですか…!」

「ただし、テストに合格できたらの話です。簡単なものですが」

「あ、ありがとうございます!」

 それでも嬉しいのは変わらない。ナナは大きな声で礼を言った。

 別のホテルに着き、どうぞと案内されたスイートルームの一室で、ナナはテストを受けることになった。
 ソファに乗った竜崎の向かいにナナが座る。暖房が効いていて室内は暖かかった。竜崎がジーンズのポケットからごそごそと紙と写真を取り出す。

「これはキラに殺されたFBI捜査官12名の死亡の順と、彼らがファイルを得た順を表にしたものです。ファイルは、FBI捜査官がお互いを確認するための全員の名前と顔の入ったファイルです。そして、手に入れた日に全員が亡くなりました」

「うーん……前からちょっと思ってたんですけど、キラは顔と名前だけで殺してしまうのかもしれません」

「前から思っていたとは?」

「わたしが外出禁止になって、何故か考えたら、捜査員たちの名前と顔を知ってるからじゃないかと思ったんです……」

 自信がなく、おずおずと理由を話したが、竜崎は納得したように頷いた。

「なるほど……では写真に移りましょう。この三枚は、キラが刑務所の犯罪者を操って、死ぬ前に書かせたと思われる文章の写真です。これを見て何かわかりますか?」

 テーブルに広げられた写真をまじまじと見る。それぞれ変なところで区切られた、縦書きの文章だ。頭文字に注目してみると、文章が浮かぶ。

(『えるしっているか』、『死神は』、『りんごしかたべない』かな? あれ、でもこれ裏側に番号がある……)

 手にとって裏を見ると、ナンバーが書かれていた。

「それぞれの頭文字を番号順に並べると、『えるしっているか』、『りんごしかたべない』、『死神は』になります。ちょっと不自然なので、4枚目があると思うんですが……」

 竜崎は少し口角を上げた。

「正解です。4枚目もあります」

 ほっとしたナナは、感じていた疑問を口にした。

「あの、『えるしっているか』の『える』って、誰なんですか?」

 竜崎はあっさりと答えた。

「私です」

「……竜崎さんの本名ですか?」

「そのようなものです。佐藤さんには話してませんでしたが、私は探偵をしています」

 さらりと竜崎が言う。彼が警察の人とは考えられなかったナナは、やっぱりそうだったんだ、と納得していると、彼が言葉をつづけた。

「では、佐藤さんが私だとして、キラの可能性がある者に相対したら、キラであるかどうかどうやって確かめようとしますか?」

「そうですね……テレビや新聞で報道されていない、キラしか知りえないことを、このファイルや写真を見せて相手に話させますかね……」

 竜崎は薄く微笑んで頷き、そしてゆっくりと立ち上がった。

「わかりました……これでテストは終わりです。ありがとうございました」

「あの、テスト結果は……」

「合格です」

「えっ!?」

 大したことは言ってない気がするが、合格だったらしい。驚きで何も言えないナナに、竜崎は言う。

「明日から佐藤さんにも、捜査の手伝いをしてもらいます。今日はもう遅いので、明日進捗をお話ししましょう」

 遅い、と言われて手近にあった時計を見る。午前2時。気付かないうちに、時間が経っていたらしい。

「わかりました……これから、よろしくお願いします」


20160426
20180726