2004/01/01
曇った白い光が薄いカーテン越しに差し込み、照明の強い光と中和する。ぼんやりと明かりが映る白壁を、昨日と同じ体制でソファに横たわるナナは、虚ろな目で見つめていた。目を閉じても眠れず後ろ向きなことばかり考えてしまうので、白い光が壁を照らして行く様を、何とはなしに眺めていたのだ。日の移りと彼女の瞬き以外、何の動きのない部屋だったが、唐突にドアが開かれ、その均衡が破られる。隈の刻まれた黒い瞳とぶつかった。
「……起きてましたか」
ナナはペタペタと近づいてくる竜崎に返事をしながら、ゆっくりと体を起こした。
「……この状態じゃ、寝ようにも眠れませんでした……」
「それもそうですね」
竜崎がポケットから鍵を取り出し、彼女の手錠を外していく。足首の錠を取ると、立ち上がりながら言った。
「これから特定脳波検出装置……所謂嘘発見器をつけて、いくつか質問に答えてもらいたいのですが……宜しいですか?」
「……はい」
入ってきた時と同じく、ナナが竜崎の後について先ほどの部屋へ戻ると、昨日はいなかった白髪の老紳士が安楽椅子に腰掛け、その周りに捜査員たちが、テーブルに置かれた彼のパソコンを見るように立っていた。その白い箱から伸びる様々な色のコードが、ヘルメット状の丸い装置と繋がっている。
竜崎はナナを椅子に座るよう促し、彼女が向かいにいる捜査員たちの視線に萎縮しながらも腰かけた後、その装置を彼女の頭に被せた。そして脇のソファの上に乗り、ワタリを見る。
「準備できたか?」
「はい、万端です」
彼が頷いたのを確認し、再びナナに向き直った。
「これから六回、あなたに質問します。はいかいいえで答えてください」
「…はい」
「あなたの名前は佐藤ナナですか?」
「はい」
「生年月日は1987年×月×日?」
「はい」
「住所は東京都×××2ー5ー3、ですか?」
「はい」
「新神高校に通っていますか?」
「はい」
間を置いて、竜崎はワタリを振り返る。画面に映る脳波の波形を、後ろに立つ捜査員達と共に見ていた彼は首を振った。
「……ご両親の名前は佐藤××さんと××さんですか?」
「はい」
「あなたが違う世界から来たというのは本当ですか?」
「……はい」
ゆっくりと頷きを返したナナを竜崎がじっと見つめる。何もかも見通すような瞳に、ナナは少したじろぐが、三ヶ月彼の隣で過ごしていたためか、見つめ返す余裕があった。
どちらも目を逸らさずしばらく経った後、竜崎は瞬きして言った。
「……以上で終わりです。お疲れ様でした」
前に屈んで彼女の頭から装置を抜く。
「あなたの戸籍がなかったので、この装置で試してみたのですが……嘘はついてないようですね」
「……本当、なんですか…」
「うむ……信じられんが、何の反応も見られかった……」
夜神達が気難しい顔をしながら各々呟いた。装置を置いて、竜崎は彼らに問い掛ける。
「私は彼女の言うことを信じますが……どうですか?」
「……この装置は本当に信頼できるんだな?」
相沢がパソコンを示しながら尋ねた。
「はい、100%信頼できると言っていいです」
竜崎の返事の後、夜神はしばらくナナを見つめて考え込み、やがてゆっくり頷いた。
「……わかった、信じよう。意義はないな?」
そして捜査員たちを見回す。皆もまた頷きを返した。
竜崎は合意が取れたことを確認すると、ナナが安堵する間も無く、彼女を振り返って言った。
「では、あなたの世界のことを詳しく教えてください」
一時間後、ナナはワタリの後について、ホテルの廊下を歩いていた。
「こちらの部屋です」
本部の隣室でワタリは立ち止まり、カードキーを通して取ってに手をかける。ドアを開けると、そのまま二歩下がり、慣れた手つきでナナを促した。
「どうぞ、お入りください」
ナナは礼をして、おずおずと中へ入る。ワタリは外から部屋の様子を確認した後、携帯電話と脇に抱えていた冊子を彼女に手渡した。
「必要品はこのカタログから選んで、注文用紙に書いてください。後で取りに来ます」
「あ、ありがとうございます」
「いえ……他に御用がありましたら、この携帯でお呼びください。通話ボタンを押せば連絡できるようになってますので。お食事はルームサービスをお使いください」
「わかりました……」
「では」
携帯とカタログを受け取り、ナナが頷くのを見て、ワタリはドアを閉めた。ガシャンと外から重い錠の音が聞こえてくる。この部屋に閉じ込められたのだ。自分を保護する条件として、竜崎は外出を禁止した。
ナナが高校の説明をした代わりに、彼らはキラ事件――犯罪者を狙った連続殺人事件を追っていることを彼女に教えた。さすがに推理までは教えられなかったが、ナナは外出禁止にされたことから、キラは顔と名前で殺せるのかもしれないと薄々思った。
花の飾られた広い玄関ホールを抜け、先ほどの部屋にあったのと同じ、マホガニーでできたテーブルに携帯とカタログを置く。顔を上げると、窓の外で雪が降っているのが見えた。
(あっちは閉めきってたから、気づかなかった……)
ナナは窓へ歩み寄り、綿花のような雪が舞い落ちていく様を見ながら、そっと曇りガラスに触れてみる。暖房により結露した空気が冷たく手を濡らした。その感覚は確かに現実のもので、悲しくなる。
(……母さんたちはどうしてるだろう…いなくなった私を心配してないかな……)
この世界に親はいない。正確には、戸籍も住所もない。ナナの存在は、丸きりいないものになっていた。
竜崎達がいたように、同じ高校の粧裕や海砂たちはいるだろう。しかし、誰も自分を知らない。ナナは本部で説明しているうちに込み上げてきた、惨めさを思い出す。自分の知らない人々に囲まれた方が、いくらかマシだったかもしれない。
孤独だった。このがらんとした部屋が、しんしんと静かに降り続く雪が、一層彼女の孤独感を煽る。
ナナは首を振り、窓に背を向けた。
(くよくよするのは止めよう。信じてもらえたんだから、それで良しとしよう)
気分転換にシャワーでも浴びようか、とスカーフに手をかける。が、代えの下着がないことに気づき、テーブルに置いたカタログを開いて用紙を書くことにした。
2012/11/18