窓の外を流れる景色を見ていると、あちらこちらで骸骨だったり、お化けだったりの装飾を見かけた。大体オレンジと黒の装飾がなされている。そうだ、そろそろハロウィンだ。ハロウィンということは――。
「……Lの誕生日、近いですね」
「……知ってましたか」
 運転していたワイミーさんが言う。
「はい、まあ……」
 昔、ハロウィンの日にLと顔を合わせた時、「今日は誕生日なので穏やかに過ごさせてください」と言われたのを思い出す。新鮮な驚きを抱いたものだ。そんなぴったりな誕生日があるのかと。
 今なら、ワイミーさんが誕生日をあげたのだとわかる。名前と一緒に。
「ワイミーさんは、プレゼント用意しますか?」
「私は毎年、少し豪華なケーキをあげるようにしてます……ナナは、何か用意しますか?」
「うーん……Lの喜ぶものがあまり浮かばなくて」
ナナのあげたものなら、何でも喜ぶと思いますよ」
「そうですかね……」
 ワイミーさんから窓の外へ目を移す。ワイミーさんがプレゼントをあげるのであれば、自分も用意しておいた方がいい。そうは思うものの、何をあげたらいいかわからず、Lにプレゼントすることにも気恥ずかしさを感じる。物をあげるより、お菓子をあげた方が喜ぶだろうか。
「……手作りのケーキなどはどうでしょう? ナナが焼くのであれば、豪華なケーキは用意しないでおきますが」
 手作りのケーキ。思い出されたのは、父と過ごした誕生日の日のこと。父は毎年、自分の誕生日にチーズケーキを焼いてくれた。あの不器用な父が毎年、自分のために。
「……いいですね。挑戦してみます」
 知らず知らず呟いていた。ワイミーさんが微笑んだのが、ミラー越しにわかった。

「L、警察から事件についての資料が来ました」
「ありがとうございます」
 ワタリが資料を渡すと、Lは人差し指で受け取り、目を通し始めた。ワタリはLの紅茶が空になっているのに気づき、傍に置いていたポットで紅茶を注ぐ。注ぎ終わると、Lが書類を読みながら言った。
「……最近、ナナ来ませんね」
 呟かれた言葉に、ワタリはLを見る。Lは書類に目を落としながら、紅茶を啜った。
「……忙しいのでしょう。誰にでもプライベートはあるものです」
 ナナが来ない理由をワタリは知っていたが、教えなかった。ナナはそれを望んでいないからだ。
Lはこちらをちらと見たが、無言でまた書類を読み始めた。
 Lの中で、ナナの存在は大きくなっているようだった。ナナはこの一ヶ月ですっかり仕事の要領を覚え、糖分補給の合間にLの本を読んで暇を潰しているようだった。その距離感がよかったのかもしれない。昔と違って仲もよく、たまに二人で外出している。ナナのおかげでLの助手として捜査に専念できていることは、ワタリにとって嬉しくもあり、また子が親の手を離れたかのような寂しさもあった。
 ナナという分子が、Lとどんな化学反応を起こすか。それは未知数で、吉と出るか凶と出るかわからない。しかしワタリは、悪くはならないだろうと踏んでいた。ナナは聡明な子であるし、何よりLが彼女を選んだのだから。

 ハロウィン当日の朝、ナナは緊張していた。地下のキッチンには、ワイミーさんに事前に頼んでおいた材料が揃っている。失敗したらどうしよう。怖気付くナナに、紅茶を用意していたワイミーさんが言った。
「大丈夫ですよ。何度も練習したのでしょう?」
「はい……」
 最近の休みは、ケーキを作る練習をしていた。何度も失敗して、最後にようやく成功した。その要領でやればいいとは思うのだが。
「……やっぱりこわいんです、失敗するのが」
 誕生日は一年に一度しかない特別な日だ。自分がLの誕生日を台無しにしてしまったらどうしよう。そう考えてしまう。ワイミーさんは代わりのケーキなど買っていない。
「大丈夫ですよ」とワイミーさんはもう一度言った。
「例え失敗しても、Lは喜んでくれます。こういうものは、気持ちが大事ですから」
 少し、肩の力が抜けた。ナナはワイミーさんに礼を言って、ゆっくりと手を動かし始めた。
 結果としてナナは、失敗してしまった。見た目はよかったのだが、味見をして顔を顰めた。生っぽい。きっと混ぜすぎてしまったのだ。
「おお、できましたか」
 ちょうどワイミーさんが入ってきた。こちらを見て、心配そうに言う。
「……どうでしたか?」
 ナナは首を振った。
「……全然ダメです。こんなの食べさせられない」
「何か、作ってるんですか?」
「!」
 Lが現れた。まさかキッチンにやってくるとは思わず、ナナはぎょっとLを振り返る。
「う、うん、ちょっとチーズケーキを……」
「チーズケーキですか」
 Lは完成したケーキをじっと見て、それから一欠片つまんで口に入れた。無表情で味わうLに、ナナは眉を下げる。こんなはずじゃなかったのに。今日はLに、美味しいチーズケーキを食べさせるつもりだったのに。
「……不味いでしょ?」
Lは答えず、もう一欠片つまんで食べた。そして言った。
「……飲むチーズケーキと思えば、全然食べれます」
「ごめんね、もっと美味しく焼ければよかったんだけど……」
「?」
「……ナナは、Lへの誕生日プレゼントとして、ケーキを焼いたんです」
 ワイミーさんがLに説明する。Lはほんの少し目を見開いてこちらを見た。ナナは恥ずかしさを感じて目を伏せる。ナナ、と名前を呼ばれて目を上げれば、Lは台に置かれたケーキを指した。
「全部食べるので、私の部屋まで持ってきてください」
「でも多分、お腹に悪いと思うよ」
「大丈夫です。持ってきてください」
 言って、Lはキッチンから出ていった。残されたナナは、ワイミーさんに問いかける。
「……もうひとつ作って、持っていった方がいいですよね? 成功するかはわかりませんが……」
 ワイミーさんは首を振った。
「その必要はないと思います。Lにそのケーキを持っていってあげてください……Lが食べたいと言ったケーキなのですから」
「でも――」
ナナ
 ワイミーさんに遮られる。
「Lは嬉しいんです。自分のためにナナがケーキを焼いてくれたことが……その気持ちが、嬉しいんです。味の善し悪しはきっと関係ありません。だから、ナナは自信を持っていいんですよ。気持ちはわかりますが、せっかくの誕生日にそんな顔をしていてはLも悲しみます」
「…………」
 それもそうだ。自分がしょげていては、Lも気を使ってしまうだろう。
 ナナは申し訳なさでいっぱいになりながらも、ケーキを皿に移した。ワイミーさんとは途中で別れ、Lの部屋に入る。
「……持ってきたよ」
 Lはいつものように画面に向かって座っていた。その前のテーブルにケーキとカトラリーを置く。ありがとうございます、とLは早速フォークを手に取った。
「……あれだったら、私も食べるから。言って」
「嫌です。これは全部私のものです」
「ふふ」
 ナナはLと目線を合わせるためにしゃがんだ。テーブルの上に組んだ腕を乗せる。Lは顔を歪ませることなく、ぱくぱくとケーキを食べている。
「……Lって優しいんだね」
「私は優しくなどありません。単純に、このケーキを食べたい。それだけです」
 優しい答えにナナは微笑んだ。そして心を込めて言った。まだ一言も伝えていなかった、祝福の言葉を。
「……誕生日おめでとう、L」
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