それから2週間後、
ナナはLを訪れた。お菓子の発注と、一時間に一度の糖分補給に慣れてしまうと、それ以外の時間が暇になってしまう。ワイミーさんはワタリとして、Lの捜査の補助もしているから、話し相手にする訳にもいかない。
そこでワイミーさんに相談すると、書庫を案内された。Lの部屋で読書していて構わないそうだ。
「気になった本があれば持ってってください」
言って、ワイミーさんは去っていった。とても忙しそうだ。
部屋の壁には本棚が取り付けられ、本がぎゅうぎゅうに詰まっていた。これだけ本があるのに、きっちり掃除されているのか埃すらない。タイトルを見ると、犯罪心理学から小説まで、幅広い分野の本が置かれているようだった。
ナナは迷いながらも、一冊の本を手に取った。かつて読んだ本だった。この本たちはLのチョイスなのだろうか。世界の文学の全てを網羅しているようだった。
マカロンと紅茶を用意して、Lの捜査室へ入る。トローリーの下の段にある本をテーブルに置いて、Lにお菓子たちを提供した。
「ありがとうございます」
Lは画面を見つめたまま、礼を言った。会釈して、トローリーを隅に寄せると、
ナナはソファに座り、持ってきた本を読み始めた。
どのくらい時間が経っただろう。文章を追うのに集中していた
ナナは、Lの言葉で顔を上げた。
「……日本語、わかるんですね」
いつの間にか側にLが立っていた。
ナナは「うん、まあ」と曖昧に返事する。Lと同じ日本語で。
隣に腰を下ろしたLは「夏目漱石ですか」と本を見てまた流暢な日本語で言った。
「うん、『こころ』……好きな本なんだ」
ナナは本を閉じて表紙をなぞった。
「……私も好きです。人間の心の奥底にある、エゴイズムをよく表現してます」
「そう! すごく人間臭くて、好き」
「……日本語、上手ですね。独学で勉強を?」
「うん、ハウスにいた時に勉強してた」
「それは知りませんでした」
「まあ、Lと顔を合わせたら必ず何か喧嘩してたからね……」
ナナは苦笑する。当時はLが玩具などを他の子からぶん取ることがあり、
ナナはよく突っかかっていた。Lが特別扱いされていることに対しての、嫉妬もあったかもしれない。さすがに当時のLも女は蹴れなかったようで、口で負かされることが多かった。
「……私の母さん、日本人なの」
ワイミーさんにしか言っていないことを、対立していたLに話そうとしている。
ナナは不思議な気持ちになりながら、言葉を続けた。
「私が生まれてすぐに亡くなったんだけどね。日本のことを調べたり、日本語を勉強したのは、母さんのことがそれで知れるような気がしたから……自分のルーツも、知れる気がしたから」
しみじみと真剣な話をしていることに恥ずかしさが湧き、
ナナはLにこう尋ねた。
「……Lは、日本に行ったこと、ある?」
「ありますよ、とても治安が良い国です」
「それは捜査で?」
「はい。1週間ほど滞在しました」
「いいな……私、行ったことない」
お金たまったら行きたいな、と英語で呟く。やはり英語の方が話しやすい。
「……あ、紅茶おかわりする?」
Lの世話を放棄していたことに気づいて、立ち上がろうとすると、「大丈夫です」と返ってきた。
「今はちょっとした休憩なので、後でで構いません」
「そう? ……まあほんとは、紅茶くらい自分でいれてほしいんだけどね」
「そうしたら、ここでの
ナナの仕事はなくなりますよ」
そうなのだ。
ナナの中で、Lに自立して欲しいという気持ちと、謝礼が欲しいという気持ちは拮抗している。本音を言えば、謝礼の方が少し大きい。
「でも、紅茶がいれられないなんてことはないでしょ?」
「……私にできないことなどありません」
Lは心外だというように言った。
「単純にやる気がないだけじゃん……そういえば、なんで急にワイミーさんの後継者を取ろうと思ったの? ワイミーさん、Lが唐突に免許返納の話をしだしたって言ってたよ」
「夢を見たんです」
「夢?」
「ワタリが……ワイミーさんが倒れる夢です」
Lも夢を見るんだ、と
ナナは変なところで驚いたが、口には出さなかった。Lがどこか寂しそうだったからだ。
「ワイミーさんには、何かあった時事件のデータを全て消去するように言ってます。夢の中で彼は、デリートボタンを押して、床に倒れてました。私はただ、その遺体を見下ろしてました」
「…………」
「人はいずれ死にます。わかりきっていることです……しかし私は、ワイミーさんに長く生きていてほしい。そう思ってしまったんです」
「……うん」
ナナは頷くしかできなかった。Lにも、引き取ってくれたワイミーさんへの思いがあった。心が温かくなるような、むず痒くなるような、事実だった。
「おや」
扉が開いて、当のワイミーさんが入ってきた。
「二人でお話ですか?」
「はい……ワイミーさんも座ってください」
ナナがソファを指すと、ワイミーさんは困ったように笑った。
「いえ、私は――」
「いえいえ。私、紅茶用意してきますから、どうぞどうぞ」
なかば強引にワイミーさんを座らせると、トローリーを押して部屋を出る。キッチンへ向かいながら、紅茶はアールグレイにしよう、と閃いた。ワイミーさんの好きな、アールグレイ。自分も好きな、アールグレイ。
思えばここに来て、三人で話したことがない。この機会に三人で話すのもいいかもしれない。ベルガモットの優しい香りに包まれながら。想像して、それはとてもいい考えに思えた。
ナナの足取りは、自然と早くなっていった。
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