次にナナがLの元へ来たのは、それから一ヶ月経った頃だった。季節は夏から秋へと変わろうとしているというのに、基地の中は窓がないため、傾きつつある陽の光は入らず、最適な温度が保たれていた。
 ワイミーさんに頼まれて、DALLOMIU社製マカロンとFandN社製の紅茶を発注したあと、糖分補給のためドーナツを捜査室へ運ぶ。
「L、おはよう。また来たよ――」
 Lとの挨拶はまだだったため、そう声をかけながら部屋に入る。画面の世界にいたLは、はっとしたように振り返った。
「……ナナ。おはようございます」
 Lはどこか、ぼんやりとしているようだった。
「……大丈夫? なんかぼんやりしてる……寝た方がいいんじゃない?」
「いえ、実はナナが来る一時間前までは寝てました。寝起きで頭が回らないのかもしれません」
「そしたら、どっか行く?」
 ワイミーさんから、Lを連れ出す許可は貰っている。鍵を見せれば、Lは立ち上がった。
「いいですね、行きましょう」
「どこ行きたい?」
「……遊園地はどうでしょう」
 Lが遊園地。アトラクションを楽しむLが想像できなかったが、Lが行きたいのなら行くしかない。ナナは「オーケー」と頷いた。
 Lはよく遊園地に行くらしく、道順を覚えていたため、ナビを入れなくても無事に着くことができた。車をおりてチケットを買い、Lと中に入る。
 日曜だったため、中は混んでいた。子供連れが多く、がやがやしている。九月に入っても日差しは強く、日焼け止めを塗ってきてよかった、とナナは思う。
「……何か乗りたいのある?」
「まずはこれに」
 Lが指差したのはジェットコースターだった。ナナは意外と絶叫系が好きなんだな、と思いながら、側にあったベンチに座った。
「行ってきていいよ、私ここで待ってるから」
「……ララも乗るんですよ」
「え?」
 外で話す時のための偽名を呼ばれる。聞こえていなかったと思ったのか、Lはもう一度言った。
「ララも私と一緒に乗ってください」
「え、やだよ、私高所恐怖症だし、こういうの乗ったことないし……」
「目を瞑っていればすぐ終わります」
 Lは強引だった。
「……なんで私と一緒に乗りたいの?」
「……なんとなくです」
「何、なんとなくって……」
「乗らなければ、今日の謝礼は渡しません」
「そんな卑怯な……!」
「嫌なら乗ってください」
 ナナは渋々立ち上がった。今まで友達に誘われても何とかかわしてきたのに、この歳になって乗ることになるとは。
 少し並んで、ジェットコースターに乗り込む。安全バーが下がり、ナナの心臓はばくばくと大きく音を鳴らしていた。もし落ちたらどうしよう。もし死んだらどうしよう。
「大丈夫ですよ」
 様子がおかしいことに気づいたのか、隣でLが言った。
「慣れてしまえば楽しい乗り物です」
 飄々としているのが悔しい。言い返そうとした途端、発進した。「わっ」と間抜けな声が出る。
 ジェットコースターはゆっくりとレールを昇る。レールの頂点から思い切り落ちることは確実だ。ナナは目を瞑り、ぶつぶつと祈りを唱えていた。
「私はまだ若くして死にたくないです、どうか神様、どうか……」
 動きが止まった、と思えば緩やかに速度を上げて落ちた。ナナは悲鳴も上げられず、ひたすら無言で試練に耐えた。Lを見る余裕もなかった。やがてコースターの速度は落ち始め、完全に止まった。
 安全バーが上がり、ナナはようやく呼吸できた。
「し、死ぬかと思った……」
「大丈夫ですか?」
 先にコースターから出ていたLが、こちらに手を伸ばす。こんな紳士的な真似ができるのかと驚きながら、その手を取り立ち上がった。
「ありがとう……かろうじて大丈夫」
「どうでした?」
「凄かった……みんなこのスリルを味わいたいんだね……」
「非日常を味わうためにここに来ますからね……次はあれに乗りましょう」
 ジェットコースターから外に出ると、Lはコーヒーカップを指した。
「懐かし……父さんとよく乗ってた」
「そうでしたか」
 コーヒーカップの列に並び、一緒にカップの中に座るとLは言った。
「……私は本気で回すタイプです」
 え?と聞く間もなく、カップは動き出した。同時にLが、信じられない速さでハンドルを回す。そういうことか。これ以上なく回転するカップに振り回され、頭がぐらぐらする。停止した頃には立ち上がるのもやっとだった。
「大丈夫ですか?」
「う、大丈夫じゃないかも……」
「すみません、回しすぎましたね……いつも一人で乗るので、その調子でやってしまいました」
 ふらつきながらもLとともに歩き、外のベンチに座る。
「……何か飲み物を買ってきますか?」
 ナナはぐったりと背もたれに凭れながら、「うん」と頷いた。「ちょっと待っててください」とLはショップの方へ去っていった。
 うーん、と額に手を当てる。まだクラクラしている。Lの馬鹿。なぜこんなことに本気を出すのか。競っているわけでもないのに。
「……お姉さん、大丈夫?」
 掛けられた声にそちらを見れば、若い男性が立っていた。
「顔色悪いね、一人?」
 面倒だなと思いながら、「いえ」と短く返す。否定したというのに、男は隣に座ってきた。
「お姉さんがこんなになってるのに、放置するなんてひどいな」
「…………」
「俺がお姉さんのこと治してあげるよ」
 魔法でも使えるんですかね?と皮肉を言いたかったが、口を動かす気力がなかった。男は本当に魔法が使えるのか、なぜかナナの頭を撫でてきた。知らない男に触れられ、鳥肌が立つ。「やめてください」と言おうとした時、横から落ち着いた声がした。
「……彼女に何か?」
 Lだった。コップを持ち、じっと男を見ていた。男は、「なんだ、彼氏と来たのか」と舌打ちして逃げていった。
「すみません、なるべくララを一人にはしたくなかったので、急いで買ってきたのですが……」
「ありがとう」
 紙コップを受け取り、ひとくち飲む。ジュースの冷たさが頭に染みた。
「……ふう、ちょっと楽になった」
「よかったです」
 男がいたところにLが足を上げて座る。互いに無言で、行き交う人々を見ていた。各々遊園地を楽しんでいるようで、頭に遊園地のキャラクターの耳をつけている人もいた。
 ナナはふと、一組の親子に目をとめた。父親らしき男性が、少女を肩車している。少女が楽しげに何かを言い、二人は笑い合っていた。その親子の姿に、ナナは目を細める。
「……父さんに会いたいな」
 小さく呟いた声は、Lの耳に届いたようだった。こちらを見たLに、ナナは微笑む。
「もう一回会いたい人、いる?」
 Lは少し考えて、こう答えた。
「……いません」
 Lの答えに、ナナは悲しいような、切ないような気持ちになった。Lは名前もなくハウスに入ってきたと聞く。ハウスに入る前はどうやって生きてきたのか。それはきっと想像もつかないほど壮絶なものだっただろう。
「……私には会いたくなかったの? ほら、私を希望したって聞いてたから」
 その気持ちを顕にせず茶化すと、Lは人差し指を口元に置いた。
「……会いたい、という気持ちはなかったと思います。ただ、彼の後継者として、ララが浮かんだだけで」
「そっか」
 やっぱりそうだよな、とナナはまたジュースを飲んだ。Lはあまり他人に興味がなさそうだ。
「……ですが」
「?」
ナナに……会えてよかったと思う自分がいます」
 ナナは目を見開いた。Lはこちらを見ず、無表情で前を見ている。冗談ではなさそうだった。
「……ありがとう。私も再会できてよかったよ、前よりも生活力下がってるみたいだけど」
「……それは忙しいからです」
 Lは苦い顔で言った。それは嘘だと、ナナにはわかる。Lはワイミーさんに甘えているのだ。無意識なのか、故意なのかはわからないが、ワイミーさんを頼りにしているから甘えるのだ。きっと二人の間には、血の繋がりを超えたものが存在する。
 ナナはジュースを飲み干し、立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか」
「そうですね」
 自分もワイミーさんと同じくらい、頼りにしてもらうことができるだろうか。いずれにしても、Lの服の脱着は御免だけれど。というか、Lに自立してもらわなければ困るのだけれど。
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